「三河地震について」

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。2018年4月14日、愛知県西部を震源とする1日3回の有感地震が発生しました。いずれの震源も北緯34.8度、東経137.1度、深さ10kmが2回、北緯34.9度、東経137.3度、深さ40kmが1回と、ほぼ同エリアでの発生になっています。そしてこの場所は1945年1月13日に死者2,300名以上を記録した三河地震(M6.8)の震源地にごく近い場所で発生した地震ということで、今後の動きに注目が集まってい...

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
2018年4月14日、愛知県西部を震源とする1日3回の有感地震が発生しました。いずれの震源も北緯34.8度、東経137.1度、深さ10kmが2回、北緯34.9度、東経137.3度、深さ40kmが1回と、ほぼ同エリアでの発生になっています。
そしてこの場所は1945年1月13日に死者2,300名以上を記録した三河地震(M6.8)の震源地にごく近い場所で発生した地震ということで、今後の動きに注目が集まっています。今回はこの1945年の三河地震について取り上げてみたいと思います。

1.地震の概要
三河地震は1945年1月13日午前3時38分、愛知県東部を震源とするM6.8の内陸直下型の地震として発生しました。岡崎平野南部や現在の安城市、西尾市、幡豆郡吉良町・幡豆町(共に現在は西尾市)、額田郡幸田町、蒲郡市などに局地的な大被害をもたらしました。最大震度は後年の調査により、震度7相当と見積もられています。プレート内活断層が起こした地震で、地表に明瞭な地震断層が出現したり、多数の前震などが確認されています。また震源地が三河湾の海底だったため、三河湾沿岸では最大31cmの小規模な津波も観測されました。
三河地震は、1945年の終戦前後に4年連続で1,000人を超える死者を出した四大地震「1943年 鳥取地震」(昭和18年9月10日)、「1944年 東南海地震」(昭和19年12月7日)、 「1946年 南海地震」(昭和21年12月21日)の一つとしても知られています。
この地震は深溝断層と横須賀断層の活動によって引き起こされましたが、深溝断層は愛知県指定天然記念物に指定されています。西尾市の妙喜寺には、地震の際に出来た10mにも及ぶ地割れ跡が残っています。現在ではこの地震の記録が風化しないようにと地割れ跡の上に上屋を設け保存されており、地震の激しさを示す遺構として残されています。実際に被災し、姉を亡くされた住職は、新聞のインタビューで「若い人に70年前の地震のことを言葉で伝えるのは難しい。生々しい体験をした被災者が亡くなっていく中、子供達に身近な場所で大きな災害があったことを、断層の存在を通して伝えたい」(平成27年1月13日、日本経済新聞『幻の震災語り継ぐ』)と語っており、妙喜寺は「震災を後世に伝えたい」という強い思いが感じられる史跡となっています。
妙喜寺 http://myokiji.com/company.html

2.被害状況
三河地震は震源が浅く、地震の規模がM6.8と比較的大きかったにもかかわらず、戦時中の報道管制によりあまり報道されることもなく、被害報告も僅かしか残されていませんでした。しかし地震被害を報告した当時の帝国議会秘密会の速記録集が発見され、1970年代になって愛知県防災会議が被害実態を把握するための調査にとりかかりました。
震源域の三河地域では昭和東南海地震よりも多くの死者が記録されており、死者1,180人、行方不明者1,126人、負傷者3,866人、家屋の全壊が7,221棟、半壊が16,555棟、その他2万4,311棟とされています。特に現在の西尾市を中心とした幡豆郡と、現在の安城市を中心とした碧海郡の2つの郡に被害が集中しており、死者2,652人に達したという記録もあります。亡くなられた方の死因については、他の内陸直下型の地震と同様に、家屋倒壊による圧死者が多かったと考えられています。就寝中に突然、強烈な地震動に襲われ、逃げる間もなく家が潰れたという状況でした。この地震の37日前に東南海地震があり、その揺れによる家屋の損傷が既に発生していたため、今回の揺れに耐えられなかった家屋が多かったようです。特に戦時中のため、殆どの家では家屋を修理することなくそのまま住み続けていたため、被害の拡大に繋がってしまいました。被害が甚大な地区では、どの家でも死者がでるほどの高い死亡率だったそうです。妙喜寺でも本堂が倒壊し、疎開していた国民学校の生徒と教師に死者が出ています。その他、平坂町(現・西尾市)では堤防が4m沈下して79ヘクタールの水田が海水に没したり、矢作古川周辺では液状化現象も見られました。
三河地震による被害は、20~30km四方の狭い範囲に集中していました。深溝断層が集落の中央をほぼ北から南に走った形原町金平地区では、断層の西側が東側へのし上がるように動きました。そのため全壊及び半壊の家屋は断層の上盤側に当たる西側に集中し、ほとんどすべての家屋が倒壊しました。反対に断層の下盤側となる東側は、地表に現れた断層に接した場所も含めて、倒壊した家屋は一軒もないという、活断層地震特有の被害になっています。

愛知県 歴史地震に学ぶ防災・減災サイト 
http://www.pref.aichi.jp/bousai/densho/index.html
*ブラウザの種類により、一部反映されない場合があります
  
愛知県 防災減災ガイド ダウンロード
http://www.pref.aichi.jp/bousai/densho/pdf.html

3.発光現象
三河地震では、地面が揺れる瞬間、あるいは地震の前触れとして、地面から光が出たという目撃証言が多くあります。これは宏観異常現象といわれ、大きな地震の前触れとして発生、ないしは知覚されると言われている、生物的・地質的・物理的異常現象とされるものです。
近年の岩石実験により、そのメカニズムが解明されてきました。
三河地震で発光現象を目撃した人は、
「地震の後、蛍光灯がぼやけた程度ぐらい辺りが明るくなった」「余震があるたびに明るくなり、明るくなった時ほど強く揺れ、あまり明るくならなかった時は揺れも小さかった」「余震の前後に空が明るくなって、稲光よりももっと白く光った」「地下からモワーッという感じで何とも言えない明かりが出て、夜でも懐中電灯が要らなかった」というような証言が得られています。
地震発光現象は1600年代から文献に登場しており、そのうちの85%が断層上もしくはその周辺で確認されたもののようです。三河地震のように余震のたびに光ったという記録は、数少ないかもしれません。なお1995年の阪神大震災の時にも、発光現象の目撃証言がありました。

4.今後はどうなる?
1945年の三河地震の前後ではどのような地震が起きていたのか、また三河地震はどのような地域に影響を及ぼしていたのでしょうか。
何と言っても特筆すべきなのが、1945年1月13日の三河地震(M6.8)が1944年12月7日の昭和東南海地震(M7.9)と、1946年12月21日の昭和南海地震(M8.0)の間に起きていた地震という点です。位置的にも南海トラフとの関連は決して無視できません。
そして、三河地震以降に起きていた目立った地震としては、まず愛知県西部や三河湾といった震源でM5を超える地震が1週間以内に15回以上起きていた以外では、三河地震の2週間後に新島・神津島近海でM5.3、震度2、また1ヶ月後に青森県東方沖でM7.1という大地震が発生していたことが挙げられます。
今回、2018年4月14日の愛知県西部の震源位置と同地域で過去に起きた事例では、その後に南海トラフ地震と関連の深い場所が揺れていた事例が見られ、今回の地震も切迫しているとされる南海トラフ巨大地震に繋がっていくのではないかとの懸念も持たれています。

現在、愛知県西部を震源とする地震は止まりましたが、南海トラフ地震は必ず発生します。発生するかしないかではなく、いつ発生するかというタイムラインに入っています。イザという時には落ち着いて行動出来るように、日頃から防災意識を高めておきましょう。
もうすぐゴールデンウィークです。この休みを利用して、各地域にある防災館を訪ねて防災体験学習をしてみるのはいかがでしょうか。

そなエリア東京 
http://www.tokyorinkai-koen.jp/sonaarea/

大阪市立阿倍野防災センター 
http://www.abeno-bosai-c.city.osaka.jp/bousai/bsw/d/a/bswda020.aspx

神奈川県総合防災センター
http://www.pref.kanagawa.jp/docs/zn2/bousaicenter/homepage.html

名古屋大学 減災連携研究センター  
http://www.gensai.nagoya-u.ac.jp/

防災体験無料スポット るるぶ.com
各県の防災センターが検索できます
https://www.rurubu.com/season/special/tada/list.aspx?gc=7&p=2



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鬼界カルデラについて

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。神戸大学と海洋研究開発機構などのチームが、鹿児島県沖の海底火山「鬼界カルデラ」の中央部に、巨大な溶岩ドームがあるのを確認したと発表しました。鬼界カルデラは約7300年前に巨大噴火が起き、火砕流が九州南部を広く覆ったと言われていますが、ドームの溶岩はその後に噴出したもので、今も活動的な状態が続いているといわれ、英科学雑誌「サイエンティフィック・リポーツ」...

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
神戸大学と海洋研究開発機構などのチームが、鹿児島県沖の海底火山「鬼界カルデラ」の中央部に、巨大な溶岩ドームがあるのを確認したと発表しました。鬼界カルデラは約7300年前に巨大噴火が起き、火砕流が九州南部を広く覆ったと言われていますが、ドームの溶岩はその後に噴出したもので、今も活動的な状態が続いているといわれ、英科学雑誌「サイエンティフィック・リポーツ」に掲載されました。
今回は改めてこの鬼界カルデラについて書きたいと思います。

1.カルデラとは
「カルデラ」という言葉は、スペイン語の「大釡」という言葉に由来し、火山活動で生じた大きな凹地のことを表し、日本ではその直径が2km以上の大きさのものを「カルデラ」と呼んでいます。大型カルデラは、大量のマグマが一度に噴出したことで地下のマグマ溜りに空洞が生じ、そのためにマグマ溜りの天井部分が崩壊して、直上の地表部分が大規模に陥没するために形成されます。
巨大カルデラを形成する「超巨大噴火」は、数万年から数十万年といったきわめて長い間隔をおいて噴火を繰り返します。アメリカのイエローストーン火山、ニュージーランドのタウポ火山地域、インドネシアのトバ火山など、地球には超大型のカルデラが存在します。
そして日本列島では、北海道の摩周カルデラ、屈斜路カルデラ、支笏カルデラ、洞爺カルデラ、東北の十和田カルデラ、そして九州地域の阿蘇カルデラ、姶良カルデラ、阿多カルデラ、鬼界カルデラと、日本列島の北と南にカルデラが存在しています。
巨大なカルデラが存在するということは、はるか大昔に、そこから数百万立方キロにも及ぶ大量のマグマが噴出して地下空洞が出来たことを意味しており、過去12万年の間に、琵琶湖1.5杯分ものマグマを一気に噴き出した巨大カルデラ噴火が少なくとも10回は発生したことが確認されています。

2.最後の噴火
何回かあったカルデラ噴火のうち、鬼界カルデラは最も直近の7300年前に噴火しました。このカルデラは九州最南端、大隅半島佐多岬のさらに南西50キロに位置している25×15キロの規模の海底カルデラで、最深部は水深500mにも達しています。現在この海域には薩摩硫黄島、新硫黄島、竹島がありますが、ほぼ東西に並んだこれらの火山島は鬼界カルデラの北縁にあたり、カルデラの北縁がかろうじて海面に顔を出している部分です。
7300年前の噴火によって発生した火砕流は、海を渡って50キロ先の鹿児島県南部を埋め尽くしました。火災流は高温の火山ガスと混合一体化しているため地面との摩擦が少なく、100km/時を超えるスピードで一気に遠くまで流れます。ガス成分が多い場合は比重が小さいため、海面上を火砕流が滑走することもあります。この時の噴火では、9500年も前から始まっていた独自に発達した日本最古の縄文定住集落が、火砕流により壊滅してしまいました。また海中に突入した火砕流の一部は大津波を発生させ、その痕跡は長崎県島原半島で確認出来ます。
この噴火で降り積もった火山灰は濃いオレンジ色が特徴の「アカホヤ火山灰」と呼ばれ、南九州では50cmを超える厚さの火山灰で覆われました。そして四国や紀伊半島は厚さ20cmを超える灰白色の火山灰で一面を覆われ、遠く離れた関東地方にも10cm程度の火山灰を降らせました。西日本の森林は枯れ果て、食料の大半を森林に頼っていた西日本の縄文人は飢餓に陥り、その上、有毒な火山灰による呼吸器障害に見舞われ、数週間のうちに多くが死滅しました。そして鬼界カルデラの超巨大噴火後、南九州では900年あまりもの間、豊かな照葉樹林の森は復活せず、人が住めない無人の地となっていたようです。

3.現在の鬼界カルデラ
先月、草津白根山の噴火がありましたが、このような「山体噴火」に対して「カルデラ噴火」は噴火の間隔が非常に長く、前回噴火したのが何万年も前になるため、地質を調べることにより噴火の痕跡がわかるというものです。そのため噴火の確率も1万年に1回となり、もし噴火が発生したら1億人近くが命を落とすと言われても、ピンと来ないのが現実です。火山学者も巨大カルデラの存在はわかっていましたが、あまり研究されてはいませんでした。しかし、2002年に石黒耀・著『死都日本』という小説が出版されてから、カルデラ噴火が注目されるようになり、その研究が開始されました。
2016年10月に神戸大学と海洋研究開発機構などのチームは、鬼界カルデラ内でドーム状に盛り上がっている場所を調べました。音響測深装置で水深約200~300mの海底に向けて船から音波を出し、反射波を観測。その結果、少なくとも5ヶ所で熱く濁った水が海底から湧き出る「熱水プルーム」が確認されました。海底からの高さは最大で約100mに上ります。

2017年3月の第2回調査では、カルデラ内の海底にある直径約10キロ、高さ約600mに及ぶ巨大な溶岩ドームの存在が明らかになりました。体積は320億立方メートル以上で、琵琶湖の水量275億立方メートルをも上回ります。水中ロボットによる調査で、溶岩が急速に冷えて固まった際にできる割れ目が多数あることや、ガスの湧き出しを確認し、未解明だったドームの性質が裏付けられました。
ドームを作る溶岩の量は桜島の2倍以上。岩石を採取して解析した結果、その成分は7300年前の噴出物とは違い、比較的新しいとみられています。その表面では火山ガスや熱水が湧き出ており、チーム代表の巽好幸・神戸大教授は「活動度が高いのは明らか。地下に巨大なマグマだまりが残っている可能性がある」と語っています。
          
サイエンティフィック・リポーツ
Giant rhyolite lava dome formation after 7.3 ka supereruption at Kikai caldera, SW Japan
  http://www.nature.com/articles/s41598-018-21066-w

4.もし巨大カルデラ噴火が起きたら
巨大カルデラ噴火は、途轍もないマグマが一気に噴出します。カルデラは北海道と九州に集中していますが、日本列島全体に大きな影響を及ぼすのは九州にあるカルデラが噴火した場合です。火山灰が偏西風で東へ運ばれ、日本列島全体を覆う可能性があるからです。
まず最初のプリニー式噴火によって、九州中部では場所によっては数メートルもの軽石が降り積もって壊滅的な状況に陥ります。そしてクライマックス噴火が始まると巨大な噴煙柱が崩落して火砕流が発生し、全方位へと広がって行きます。数百℃以上の高温の火砕流は全てのものを呑み込み、そして焼き尽くし、発生後2時間以内に700万人の人々が暮らす領域を覆い尽くしてしまいます。
九州が焼き尽くされた後、中国・四国一帯では大量の火山灰が降り注ぎます。そして降灰域はどんどん東へ広がり、噴火開始の翌日には近畿地方へ達します。大阪では火山灰の厚さは50cmを超え、木造家屋の半数近くは倒壊します。その後、首都圏でも20cm、青森でも10cmもの火山灰が積もり、北海道東部と沖縄を除く全国のライフラインは完全に停止します。
巨大カルデラ噴火の発生による直接的な被害者は、火砕流と降灰合わせて1000万人程度と考えられます。しかし水道は給水不能、発電も不可能、国内ほぼ全ての交通網はストップし、生活不能に陥った人達に対する救援・復旧活動も絶望的になります。救援活動が殆ど不可能な状態では、1億人以上が命を落とすこともあり得ます。

YAHOOニュース 巨大カルデラ噴火 神戸大学教授・巽 好幸
  https://news.yahoo.co.jp/byline/tatsumiyoshiyuki/20170511-00070808/


カルデラ噴火の前兆として、溶岩の流出を伴う噴火が起きた例も確認されていますが、その詳細は判明していません。前兆現象を長年研究してきた鹿児島大学名誉教授の小林哲夫氏(火山地質学)は、「前兆現象は、数百年前に起きることもあれば、1年前に起きることもある。何が引き金になって、どんなタイミングで噴火が起こるのか不明な点が多い。さらなる研究が必要だ」と話しています。
人間の感覚からすれば、数百年という年月でもとんでもなく長いものですが、地球の歴史から見ればほんの一瞬です。いつ起きてもおかしくないと言われ始めたカルデラ噴火に、私達が遭遇することがないことを祈ります。






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「地震予知前提の見直しについて」 追記

国では、10年から100年単位での長期的な地震発生の可能性と、今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率を公表しています。その中で、静岡県から九州の太平洋側に延びる南海トラフで、今後30年以内にM8~9級の巨大地震が発生する確率が「70~80%」に引き上げられました。この発生確率は、政府の地震調査委員会が毎年1月1日現在の発生確率を計算して公表されますが、2014年に発表された「70%程度」から確率が高まりました。...

国では、10年から100年単位での長期的な地震発生の可能性と、今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率を公表しています。その中で、静岡県から九州の太平洋側に延びる南海トラフで、今後30年以内にM8~9級の巨大地震が発生する確率が「70~80%」に引き上げられました。この発生確率は、政府の地震調査委員会が毎年1月1日現在の発生確率を計算して公表されますが、2014年に発表された「70%程度」から確率が高まりました。
今後10年以内の発生確率も、これまでの「20~30%」から「30%程度」に引き上げられました。50年以内の確率は「90%程度、もしくはそれ以上」に据え置かれました。
南海トラフでは、概ね100~150年おきにM8級の海溝型地震が発生してきました。地震は様々なパターンで起きることなどを考慮し、地震調査委員会は平均発生間隔を88.2年と仮定しています。最後の南海トラフ地震は1944年の「昭和東南海地震(M7.9)」と1946年の「昭和南海地震(M8.0)」で、既に70年以上が経過しました。
この30年以内の地震発生確率は、今現在から30年間の期間のことで、30年後ではありません。そのため明日にでも地震が発生することもあり得ます。次の地震が必ず発生し、その発生時期が近付いていることを忘れずに、各自の備えをしてください。

防災科学技術研究所 地震ハザードステーション
  http://www.j-shis.bosai.go.jp/maps-pshm-prob-t30i55



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地震予知前提の見直しについて

 いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。昨年9月に、南海トラフ巨大地震の防災対策を議論してきた政府の作業部会は、東海地震の直前予知を前提にした防災対応を見直し、広範囲で防災計画を定めるように求める最終報告書をまとめました。これは直前予知は「不可能」ということです。今回はこのことについて書きたいと思います。 1.これまでの経緯東海地震は1969年に東京大学教授(当時)の茂木清夫氏が遠州...
 いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。

昨年9月に、南海トラフ巨大地震の防災対策を議論してきた政府の作業部会は、東海地震の直前予知を前提にした防災対応を見直し、広範囲で防災計画を定めるように求める最終報告書をまとめました。これは直前予知は「不可能」ということです。

今回はこのことについて書きたいと思います。

 

1.これまでの経緯

東海地震は1969年に東京大学教授(当時)の茂木清夫氏が遠州灘での大地震発生の可能性を指摘したのが最初で、1976年に東京大学助手(当時)の石橋克彦氏が「駿河湾地震説」を提唱し、研究が始まりました。1854年の安政東海地震では、紀伊半島潮岬沖から駿河湾までのプレートがずれたのに、1944年の東南海地震の際は紀伊半島から浜名湖まででプレートのずれが止まってしまい、浜名湖から東側の部分のプレートがずれ残りました。このため、その部分だけ歪みが蓄積したままになっていると考えられたのです。

東海地震の予知の可能性の根拠は、1944年の東南海地震直前に行われた測量中に発生した通常では考えられない誤差で、これをプレスリップ(前兆すべり)と言います。プレスリップは、プレート境界の強く固着している領域の震源域の一部が地震の発生前に剥がれ、ゆっくりとすべり動き始めるとされる現象です。水準点の掛川市を基準に御前崎では年間45mmの沈降を続けていますが、プレスリップが発生すると沈降速度が減少して隆起に転じる可能性があり、それを歪計によって捉えようというものです。

気象庁により掛川から御前崎を中心に東海地域各所に体積歪計が設置され、24時間体制の監視が行われており、もし異常な現象が捉えられた場合には、それが大規模な地震に結びつく前兆現象と関連するかどうかを緊急に判断するため、地震学研究者6名からなる地震防災対策強化地域判定会が開催され、データの検討が行われます。その結果、もうすぐ東海地震が起きそうだと気象庁長官が判断した場合、ただちにその旨を内閣総理大臣に「地震予知情報」として報告します。そして東海地震は予知が可能ということで1978年に制定された「大規模地震対策特別措置法(大震法)」に基づき、内閣総理大臣が「警戒宣言」を発令します。

警戒宣言の対象地域は、①地震の揺れによる被害は震度6弱以上の地域 ②地震発生後20分以内に高い津波(沿岸部で3m以上、地上で2m以上)が来襲する地域が、地震防災対策強化地域に指定されています。

警戒宣言が発せられると、これらの地域では全ての社会活動や生産活動が停止して、一日で莫大な損失額が発生します。事前に様々な活動を停止することで人的被害や経済被害を軽減できるという試算もありますが、地震はいつ発生するかわかりません。そのまま発生しない可能性もあります。その場合、休業に伴う損失額はどうするのかも解決されておらず、また1944年の測量値が本当に正しかったのかという疑問を持たれ続けたまま今日に至りました。幸いにもこの40年間、総理大臣が「警戒宣言」を発するのは91日の防災訓練の日のみで、実際に地震の発生はありませんでした。

 

2.なぜ見直すか

東海地震だけではなく、南海・東南海・東海を含めた「南海トラフ地震」という考え方になったのは、2011311日に発生した東日本大震災です。この時は岩手県から茨城県までの南北500キロが震源域になり、広範囲で地震が連動するのを目の当たりにしました。

東海地震が特別視されてきたのは、①震源が陸域に近く、地下の異常を捉えやすい ②199446年の南海トラフの地震の際に断層が動かず、ひずみがたまっている、などと考えられてきたためです。

しかし、この40年間で観測網が整備され研究が進むと、「地震予知は出来ない」との見方が逆に強まりました。予知が出来なければ警戒宣言は出せず、大震法の前提自体が崩れます。更に前回の南海地震から70年以上が経過し、東海地震単独ではなく、南海トラフ全域で起こる巨大地震を警戒する必要が出て来ました。これまで東海地震が単独で発生したことはなく、また「駿河湾地震説」を提唱した石橋克彦氏も東海地震単独では発生しないと述べています。こうした事情を背景に、大震法見直しや広域での防災対策を求める声が高まり、20169月より新たな防災体制の議論が始まりました。

 

3.見直しの内容

報告書では、大震法に基づく計画に代わり新たに南海トラフ沿いの広域で、事前避難などを含めた防災計画を策定することを求めました。

まず避難を開始する前提として「予兆」を捉えた場合ではなく、南海トラフのどこかで実際に地震が発生した場合を想定しました。南海トラフの地震は、これまで駿河湾から四国沖にかけて複数の震源が同時に、もしくは32時間後や2年後などの時間差で発生しています。このため、南海トラフの東側で大地震が起きてからの3日間程度は、「大規模地震の発生が特段に高い」として、被害がなかった西側沿岸部の住民も避難することを提案しました。4日目以降や、巨大地震よりも一回り小さい「前震」らしい地震が発生した場合は、高齢者や自力避難が困難な人は1週間ほど安全な場所に避難するとしました。

そして南海トラフの地震について、「臨時」と「定例」の2種類の情報が新たに発表されることになりました。臨時情報は、①南海トラフ沿いでM7以上の地震が発生するなどして、大規模地震と関連するか調査を開始・継続 ②大規模地震の可能性が高まった ③大規模地震の可能性が高くなくなった、場合にそれぞれ発信します。

調査は、新設する気象庁長官の私的諮問機関「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」の助言に基づいて気象庁が実施します。大地震の可能性が高まった場合は関係省庁災害警戒会議を開き、避難経路や備蓄の確認など、地震への備えを国民に呼びかけます。同検討会は月に一度、定例会合を開き、異常がない場合は定例情報を出します。

この定例会は昨年1127日に第1回目の検討会が開かれ、「現在のところ、平常時に比べて発生の可能性が高まったと考えられる特段の変化は観測されていない」との見解が発表されました。

気象庁 南海トラフ地震に関する情報

 

http://www.data.jma.go.jp/svd/eew/data/nteq/index.html

 

4.残された課題

内閣府は今後、静岡県と高知県、中部経済界を「モデル地区」に選び、具体的な防災対応を議論していく考えを示しました。そしてモデル地区での検討内容を踏まえ、自治体や企業が防災計画を作る際の目安となる運用指針を策定する方針です。

しかし避難計画を作成するにも、多くの課題が残されています。例えば、南海トラフの東側で大地震が起こった場合、西側の住民はいつまで避難生活を続ければいいのか。東側に続いてすぐ西側で地震が発生する場合もあれば、何年も地震が起こらないこともあります。そのような状況で、学校や鉄道、企業の経済活動をどこまで制限すればよいのか。あらかじめ決めるのも困難ですが、具体的な対策を示さないまま地震の発生確率が高まっていると発表しても、かえって社会の混乱を招く恐れがあります。

豪雨や火山噴火などの自然災害が発生する恐れのある場合、災害対策基本法に基づいて市町村長が住民に避難を指示します。また気象庁が出す大雨警報や噴火警報は気象業務法で災害の「警告」と位置付けられており、避難に直結する情報として運用されています。

一方、南海トラフ地震の臨時情報は、気象業務法の「観測成果」に過ぎず、市町村長が避難を勧告する法的根拠としては弱く、避難を勧告するかどうかは自治体による判断次第となります。

しかし専門家は、「地震に限らず、行政が適切なタイミングで避難勧告などを出せるとは限らない」と指摘しています。実際に避難勧告が遅れたり、勧告が出されなかった結果、大きな被害に繋がった災害は数々あります。行政からの避難勧告を待つのではなく、私達自身が「避難指示が出なければ逃げない」という発想から脱却して、早目の避難を心掛ける必要があります。

 

南海トラフ地震が発生しても、直接的な影響を受けない地域もあります。しかしその後の物流の停止など、日本全国に何らかの影響を及ぼします。自分の地域は関係ないと考えるのではなく、日頃から起こり得る災害を考え、防災意識を高めておくことが、自分や家族の命を守ることに繋がります。東日本大震災からもうすぐ7年を迎えます。改めてご自身の備えを確認されてはいかがでしょうか。


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速報 草津白根山噴火

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。2018年1月23日午前9時59分頃、群馬県西部にある草津白根山の本白根山の鏡池周辺で噴火が発生しました。24日の時点で、1人が死亡、11人の負傷が確認されています。今回はこの噴火について、速報として紹介したいと思います。 1.これまでの経過草津白根山は、本白根山・白根山・逢ノ峰の三つの山の総称になります。もともと噴火警戒レベル1(活火山であることに留意)の指定...
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。

2018123日午前959分頃、群馬県西部にある草津白根山の本白根山の鏡池周辺で噴火が発生しました。24日の時点で、1人が死亡、11人の負傷が確認されています。今回はこの噴火について、速報として紹介したいと思います。

 

1.これまでの経過

草津白根山は、本白根山・白根山・逢ノ峰の三つの山の総称になります。もともと噴火警戒レベル1(活火山であることに留意)の指定を受けていましたが、20146月に小規模な噴火が発生する可能性があるとされ、噴火警戒レベル2(火口周辺規制)に引き上げられました。この時は白根山にある「湯釜」で白濁が見られたりの現象が発生しました。しかし、その後は特に活動の活発化もなく、20176月に噴火警戒レベル13年ぶりに引き下げられました。

白根山は明治以降に噴火を繰り返しており、湯釜と呼ばれる火口湖周辺には、地震計や傾斜計などの観測網が整備され、気象庁が重点的に観測していました。しかし本白根山は過去一千年以上にわたり大きな噴火の記録がなく、監視カメラ等の観測網の整備も進んでいませんでした。近年になり溶岩流を伴った3000年前の噴火を含め、約5000年前~1500年前に比較的大きな噴火が6回起きたことが分ってきました。しかし限られた人や予算の中、白根山の方の観測を充実すべきとされていました。

今回の噴火では、振幅の大きな火山性微動が約8分間捉えられましたが、カメラ映像がないためすぐに噴火の確認をとることが出来ませんでした。また2014年の御嶽山噴火を受けて導入された、噴火をいち早く知らせる「噴火速報」も発表できませんでした。

 

2.噴火の特徴

今回の噴火は「マグマ水蒸気爆発」と言われています。これは地下から上がって来るマグマが地下水に接触して、爆発する現象です。その際、火山灰や噴石などを噴出させます。今回もかなり大きな噴石が飛んでおり、レストランの屋根を突き破ったり、犠牲者も出てしまいました。

事前に何度か火山性微動が発生している場合は、噴火警戒レベルの引き上げや、スキー場の休止などの対策もとれますが、今回は微動発生直後に噴火したため、多くの方が巻き込まれてしまいました。

特に現場の草津国際スキー場は人気が高く、スキー客は「火山に来ている」という認識はほとんどなかったと思います。またスキー場のゲレンデは木や岩などの障害物を取り除いて整備されているため、噴火が起きた場合は身を隠す場所がありません。今回の噴火に遭遇された方で、雪の中に身を隠すようにして避難した方もいらっしゃいましたが、やはり噴石でケガを負われました。ロープウェイも窓ガラスが割れたりしましたが、特にスキーリフトは身体を守る物が一切ないため、噴石に襲われたらひとたまりもありません。

 

3.今後の状況

今回の噴火は、一般的には規模の小さな噴火になります。顕著な地殻変動や火山性地震も減ってきて、すぐに噴火活動は小康状態になったようです。しかし「マグマ水蒸気爆発」の場合は噴火が続く可能性があり、このまま終息するかはまだ分かりません。

積雪時に噴火が起きると、溶岩などの熱で溶けた雪が火山灰と一緒に一気に下流に押し寄せる「火山泥流」が起きる場合があります。また雪崩の可能性もあり、今回も噴火の影響で雪崩が発生したようです。

地元の草津町では、未だに避難計画が策定されていません。噴火警戒レベル2の時は、人の出入りが規制されていたので、避難計画の策定は後でよいという甘えがあったと、町の担当者は話しています。特に本白根山の噴火は、誰一人想定していなかったようです。

 

噴火の翌日から、草津国際スキー場は安全な一部のゲレンデを再開しています。また草津温泉は噴火箇所から約7キロ離れているため、特に影響はありません。これから草津温泉やスキーへ行かれる方は、安全を第一に考え、必要な情報を確認した上で、出かけるようにしてください。自然は人間の思うようにならないことを、くれぐれも忘れることなく!


 

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