平成29年7月九州北部豪雨について

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。7月5日に福岡県朝倉市と大分県日田市を中心に、豪雨災害が発生しました。被害に遭われた方々には、心よりお見舞い申し上げます。今回は、この豪雨災害について取り上げたいと思います。1.豪雨の経緯7月4日まで北陸付近にあった梅雨前線が西日本付近に南下、5日朝方島根県西部で発達した積乱雲が帯状に連なる「線状降水帯」が発生し、記録的な降水となりました。島根県浜田市...
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
7月5日に福岡県朝倉市と大分県日田市を中心に、豪雨災害が発生しました。被害に遭われた方々には、心よりお見舞い申し上げます。今回は、この豪雨災害について取り上げたいと思います。

1.豪雨の経緯
7月4日まで北陸付近にあった梅雨前線が西日本付近に南下、5日朝方島根県西部で発達した積乱雲が帯状に連なる「線状降水帯」が発生し、記録的な降水となりました。島根県浜田市、益田市、邑南町、津和野町に大雨特別警報が発表されました。
この前線が同日昼頃までに、九州の北側まで南下。そこに南西の東シナ海から暖かく湿った空気が流れ込み、この空気が脊振山地の南北を回り込むようにして動き、山地の東端でぶつかって上昇、大雨を降らせる積乱雲が次々に発生しました。雨の元になる水蒸気量は海面水温に左右されますが、7月に入り海面水温が平年より1~2度高くなっていたことも被害を拡大させました。
特に被害が大きかった福岡県朝倉市では、次々にできた線状降水帯が長時間同じ場所に停滞し、局所的な大雨になりました。長さ数十キロ、幅10キロ未満の線状降水帯が4つも発生し、長時間維持されただけでなく、一つ一つの積乱雲が非常に活動的でした。
朝倉市では1時間雨量が130mm近くに達しました。6日午前までに降った24時間雨量も、平年の7月の月間雨量を上回る約540mmで、観測史上1位を更新しました。大分県日田市でも24時間雨量が370mmとなり、観測史上1位を更新しました。人は80nnを超える雨量で、圧迫感や恐怖感を覚えます。想像を絶する猛烈な雨が、長時間降ったことがうかがえます。
茨城新聞 防災科学技術研究所ゲリラ豪雨再現実験
  https://www.youtube.com/watch?v=7FrQ7-wk5P4

2.気象庁や自治体の対応
今回大きな被害を受けた九州北部は、2012年にも「九州北部豪雨」で被災しています。5年前にも大きな被害を受けた朝倉市では、災害時の対応を定めたマニュアルに従い、雨脚が強まった5日午後2時26分に災害対策本部を設置し、市全域に避難勧告を発令しました。観測史上最大の1時間雨量129.5mmを記録した同3時半頃には、避難勧告を避難指示に順次切り替えました。その後も避難所の受け入れ準備を進めましたが、雨の勢いが想定を上回り、全域に避難指示を出したのは気象庁が同5時51分に大雨特別警報を出した後の同7時10分でした。市の対応はマニュアル通りに行われましたが、人的被害は防げませんでした。
大分県日田市では、雨量や河川水位のデータなどを基に避難指示を出すかどうかを判断。同7時55分の大雨特別警報までに、全世帯の約3割に避難指示を出しました。それでも川の氾濫などで複数の集落が孤立。雨量や川の増水の速さが予想を上回ったためで、避難の呼びかけのタイミングが重要になりました。
「数十年に一度の重大な災害」の恐れがある場合に気象庁が発表する大雨特別警報が福岡県と大分県に出されたのは、既に大雨のピークを過ぎた後のことでした。朝倉市に特別警報が出たのは、1時間当たり最大雨量が記録されてから2時間以上経過した時で、すでに雨脚はやや弱まっていました。大分県日田市も同様で、1時間雨量が最大となった1時間以上後のことでした。
気象庁の主任予報官は、特別警報の目安となる「数十年に一度の重大な災害」にあたるか判断が難しかったと説明しています。今回、雨を降らせた「線状降水帯」は予測するのが難しく、空振りも懸念されたとのことです。大雨警報は出していましたが、特別警報を出した時には結果的に雨のピークが過ぎていました。
*豪雨に対しての対応
午前11時 4分  大分県日田市に大雨警報を発表
午後
 1時14分  福岡県朝倉市に大雨警報を発表
   2時26分  朝倉市が災害対策本部を設置
   3時26分  日田市が災害対策本部を設置
   3時38分  朝倉市で129.5mmの1時間雨量を記録
   5時51分  朝倉市に大雨特別警報を発表
   6時44分  日田市で87.5mmの1時間雨量を記録
   6時45分  日田市が一部地区に避難指示
   7時10分  朝倉市が全域に避難指示
   7時55分  日田市に大雨特別警報を発表
気象庁 特別警報発表基準
  http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/tokubetsu-keiho/kizyun.html

3.今回の災害で考えるべきこと
(1) 避難のタイミング
地震と異なり大雨の場合は事前にある程度の予測が可能ですが、最近の水害では雨が短時間に集中して降ることが多く、避難の迅速な呼びかけが課題となっています。今回も朝倉市では全域に避難指示が出たのは、雨のピークを過ぎた後でした。
住民は避難指示・勧告だけに頼らず、主体的に避難を判断することが大切です。特に増水の恐れがある川の近くに住んでいる住民は早目の避難を心掛けるなど、家屋の立地条件や家族構成なども考慮して行動することが求められます。また今回は避難指示が出たのが夜7時を過ぎており、暗い中での避難は危険が伴います。暗いために動けずに自宅にとどまり、被害に遭われた方もいらっしゃいました。
(2) 避難場所
今回の豪雨で最大規模の土砂崩れが発生した日田市の小野地区の斜面は、「土砂災害危険箇所」の指定区域外でした。これは国が定めた斜面の傾斜や高さ、民家などの基準に基づいて都道府県が調査・公表し、市町村のハザードマップにも反映されます。しかし土砂崩れが起きた地域は、市のハザードマップの危険箇所に挟まれた空白域でした。そのため付近を見回り中だった消防団員が巻き込まれてしまいました。斜面の近くに住む人は、危険箇所の区域外でも土砂崩れの危険があると認識し、早目の避難行動をとることが大切になります。
逆に早目の避難を行った住民が、避難所の指定ではない市の施設に集まり、そのまま避難所になった建物がありました。しかし河川の氾濫により、その地域は孤立してしまいました。早目早目に行動しても時として厳しい状況がありますが、命を守ることは出来ました。
(3) 連絡手段の欠如
大雨による電線の切断、落雷による停電等により、防災無線が使えなくなっていた地域がありました。またラジオの電波も入らない地域もあり、状況が全く把握できない住民の方々もおられました。
河川の整備等のハード面の対策も大切ですが、今後は連絡手段をどうするかなどの新たな課題も浮かび上がってきています。

九州北部豪雨災害から二週間が経過しました。亡くなられた方が34人、未だに行方が分からない方が7人いらっしゃいます。避難所に身を寄せておられる方は、福岡・大分両県で882人になります。仮設住宅の建設も始まりましたが、日常生活を取り戻すにはまだまだ時間がかかります。この地域は2012年にも大きな豪雨災害を受けたのをもとに対策に取り組んできましたが、それでも人的被害が出てしまいました。
自然の動きは人間の想像を超えます。想定外の被害を招かないための対策を行うことは、実際には不可能です。線状降水帯は6~8月に発生しやすく、九州以外の地域でも急な大雨に見舞われる恐れがあります。各自がイザという時の意識を持ち普段から備えておくことが、命を守ることにつながります。
日本気象協会 朝倉市現地調査
  https://tokusuru-bosai.jp/try/try06.html









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「大避難」について 広域避難編

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。前回は自然災害のうち雨による災害、特にスーパー台風が上陸したらどうなるかのシミュレーションを紹介しました。今回はこのような場合の避難について考えてみたいと思います。1.避難情報台風や大雨などは、事前にある程度の規模や進路が予測できます。それにより「大雨警報」や「洪水警報」「土砂災害警戒情報」といった気象情報が発表され、それに基づいて自治体からの避難...
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
前回は自然災害のうち雨による災害、特にスーパー台風が上陸したらどうなるかのシミュレーションを紹介しました。今回はこのような場合の避難について考えてみたいと思います。

1.避難情報
台風や大雨などは、事前にある程度の規模や進路が予測できます。それにより「大雨警報」や「洪水警報」「土砂災害警戒情報」といった気象情報が発表され、それに基づいて自治体からの避難の呼びかけが行われます。
避難については緊急性が高いものから「避難指示」「避難勧告」「避難準備情報」の3種類があります。しかしその内容がわかりづらく、特に「避難準備情報」は避難するための準備を開始するという理解をしている方も多く、昨年の台風10号ではグループホームに入居していた高齢者9人が犠牲になってしまいました。「避難準備情報」は高齢者や自力では避難出来ない方達が避難を開始するという意味ですが、施設側がその意味を誤解していたことにより避難が間に合いませんでした。
この台風10号の被害を受けて内閣府は2016年12月26日、自治体が発令する「避難準備情報」の名称を「避難準備・高齢者等避難開始」に変更し、全国の自治体に新名称を使うように通知しました。また「避難指示」についても危険が差し迫っている状況をより強調するために「避難指示(緊急)」という表記に改めました。しかしいくら名称を変えたとしても、実際に行動に移すのは一人一人の意識の持ち方が重要になってきます。
内閣府 避難準備情報の名称の変更について
 
 http://www.bousai.go.jp/oukyu/hinankankoku/hinanjumbijoho/index.html

2.避難開始の目安
気象庁からの情報に基づき、各自治体が避難の呼びかけを行います。自治体ごとに避難計画を策定しているので、皆さんのお住まいの地域の自治体HPを確認してみて下さい。
しかし、2015年の茨城県常総市の鬼怒川決壊だけではなく、広島市の土砂災害や伊豆大島の土砂災害など、大きな被害が発生している水害では避難勧告や指示が間に合っていないという状況が起きています。2014年の広島市の土砂災害の後に内閣府が行った自治体へのアンケート調査では、土砂災害が発生した際、事前に避難勧告や避難指示を出していたのは全体の6割弱の自治体で、多くは住民からの問い合わせの対応で手一杯だったり、急激に激しさを増す雨に対して準備が追い付いていなかったりという状況でした。特に夜間の場合、宿直の職員しかいないため更に手が足りません。伊豆大島の災害では、事前に気象庁からの連絡が入っていたにも関わらず、職員が帰宅してしまいました。
避難の呼びかけが遅れる自治体が相次いだことを受け、内閣府は2014年と15年に、自治体が避難勧告や指示を出す際の目安や心構えを定めた「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」を改訂しました。特に「(雨量による)予想で土砂災害警戒情報の基準に達した場合には避難勧告を発令し、実況で土砂災害警戒情報の基準に達した場合には避難指示を発令する」という、基準に達したら躊躇せず、空振りを恐れずに速やかに避難勧告・指示を出すようにという流れになりました。そのため最近では自治体の避難の呼びかけが速やかに、かつ広範囲に出るようになっています。
2014年7月~10月までの間で、大雨などの気象災害に対して出された避難勧告・指示は、対象となる人数はのべ1073万9500人にも上ります。同じ自治体で避難勧告、その後に指示が出されたものも含まれますが、国民の11人に1人に対して発令された形になります。避難する私達も、「なんだ、何事もなかったじゃないか」と行政に文句を言うのではなく、「何事もなくて良かった」という意識を持ちたいと思います。

3.避難開始
実際に避難開始になると、指定されている避難場所へ移動します。しかし実際にどこへ逃げればいいでしょうか?
海抜ゼロメートル地帯では避難場所の多くが水没の危険性があり、そこへ避難することは出来ません。早目に避難していても、台風の接近に伴い雨量が多くなり、河川水量の増加、越流などにより別の場所への再度の避難になってしまいます。そうなるとより風雨が激しくなっており、その中での移動は危険性も高くなります。
それぞれの自治体にはきちんとした防災計画があり、避難勧告や指示を出す基準が決められています。その決定を行うのが各自治体の首長になりますが、場合によっては自治体ごとでの発令がばらばらになることも考えられます。また近年は堤防も整備されて災害も減っているため、地域住民も水害に対しては実感がなく、その備えが殆ど行われていない地域もあります。避難訓練も地震を想定した訓練ばかりです。水害の経験がないため「荒川が切れても大丈夫」という意識を持っている住民もいます。
高潮が流れ込んだ地域は、台風が過ぎ去っても水に浸かったままです。前回のスーパー台風のシミュレーションを例に挙げると、命の危険にさらされている人は20万人もおり、さらに区内の高い場所や建物などに避難した人の数は137万人にものぼります。この方々を区外に移すための救出活動や、救出されるまでの間は物資を渡す必要があります。電気・ガス・水道というライフラインが途絶している可能性も高い中、極めて厳しい生活環境を強いられます。またシミュレーションでは、避難勧告の段階で住民が一斉に避難したらどうなるかというケースも算定しました。その結果は、区外に脱出できる住民はバラバラに避難するよりも更に減り、44万3000人が命の危険にさらされるという更に悪い結果になりました。かつて国土交通省が試算した結果によると、排水のためのポンプを各地から集めて対応しても、排水には2週間以上かかるとの結果が出ました。病気の人への対応などもかなりの困難が伴います。そこで必要なのが「広域避難」です。

4.広域避難への取り組み
2015年の鬼怒川決壊の水害を受けて、国土交通省は国が管理する109水系のおよそ400の河川について、最大規模の洪水を考慮した浸水想定を開始しました。またこのシミュレーション結果を受けて、足立区・江戸川区・江東区・葛飾区・墨田区の江東5区が「大規模水害対策協議会」を発足させました。これは大規模水害の恐れがある場合は、共同検討における判断に基づいて区民に対して大規模水害の可能性を伝えるとともに、全ての人を対象に自主的な広域避難の実施を呼びかけることで、早い段階で区民の主体的な避難行動を促します。またさらなる広域避難の実効性を高める為に、大規模水害が発生する概ね一日前に「広域避難勧告」を発表することを目指して、江東5区が連携して広域避難に関する具体化を図っていくものです。
気象災害は「リードタイム」、すなわち雨や風が強くなってから災害が発生するまでに時間があり、避難勧告のタイミングが難しい場合があります。しかし逆に考えれば、地震と異なり突然発生する災害ではないので、避難準備の時間を確保することができます。災害が起きる前から逆算して対策をとるという考え方を「タイムライン」といいます。台風の場合、発生してから上陸するまでの数日間を使うことができ、この間に各自のタイムラインに沿って行動します。しかし行政は、①避難勧告のタイミングをどうするか、②避難先と手段をどうするか、③現実的な対応策を打ちだせるか、という課題に直面しています。
江東5区が具体的に想定した避難の流れは
【災害発生3日前】
5区の職員が集まり検討を開始し、区民に大規模水害の発生や広域避難呼びかける可能性があることを伝える。そしてすべての区民を対象に「自主広域避難の呼びかけ」を行う。
【災害発生1日前】
5区の区長が合同で「広域避難勧告」を発表する。そして公共交通機関を利用した避難を呼びかける。
【災害発生12時間前】
「避難準備情報」を発表。広域避難が難しい要支援者に、ビルの上などに設けた避難所への避難を呼びかける。
【災害発生6時間前】
台風による暴風雨で公共交通機関が止まった場合は広域避難を止め、「避難勧告」を発表して区内にある高層建物の上の階への垂直避難をするように求める。
【災害発生数時間前】
「避難指示」を発表し、速やかに命を守るための行動を求める。
具体的に区外のどこへ避難するのかなど、実効性のある計画になるのはこれからですが、確かな一歩は踏み出しました。
葛飾区 江東5区大規模災害対策協議会の検討結果
  
 http://www.city.katsushika.lg.jp/kurashi/1000063/1004031/1012226.html
江東区 江東5区大規模水害避難等対応方針
 http://www.city.koto.lg.jp/057101/bosai/bosai-top/topics/topics_0072.html
江戸川区 江東5区大規模災害対策協議会~犠牲者ゼロの実現に向けて~
 https://www.city.edogawa.tokyo.jp/bousai/koto5_daikibo_suigai.html
荒川に面する埼玉県戸田市も、上流側・下流側のどちらで決壊が起きても全市が水に浸かる問題を抱えています。浸水の高さは最大4mにもなり、広域避難が必要になってきます。そこで戸田市に隣接するさいたま市浦和区や南区の高台にある小・中学校に戸田市民も避難できる取り決めがなされました。住民側も具体的な避難場所がわかることにより、安心感を持つことが出来ます。このように少しずつですが、各地で広域避難計画が具体化しつつあります。
戸田市 水害犠牲者ゼロのまちづくり
  
 http://dsel.ce.gunma-u.ac.jp/toda_ws/cont-30.html

梅雨入りした現在、東日本ではまだあまり雨量はありませんが、いつ大雨になり、避難が必要になるかわかりません。筆者が住んでいる地域では雨はまだ少ないですが、既に2回も竜巻注意報が発令されました。しかも一度は朝の4時でした。幸いにも竜巻の発生はありませんでしたが、「また空振りだろう」と捉えるのではなく、発令されたら注意力を高めにしておきたいと思います。
皆さんのお住まいの地域や仕事先、日頃からよく行く地域など、周囲の状況の確認を今一度行って、イザという時に備えていただきたいと思います。


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「大避難について」気象編

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。近年、集中豪雨や台風被害の激甚化が進んできています。地震や津波に対しても、これまでの想定を上回る規模の災害が起こる可能性が浮かんできています。2016年に栃木県と茨城県の鬼怒川で豪雨災害が発生しましたが、私達の暮らしを守る堤防などのインフラの強度を上回る災害が発生してきています。このような大災害が現代の都市でひとたび起きると、数十万人規模の人々が一斉に...
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
近年、集中豪雨や台風被害の激甚化が進んできています。地震や津波に対しても、これまでの想定を上回る規模の災害が起こる可能性が浮かんできています。2016年に栃木県と茨城県の鬼怒川で豪雨災害が発生しましたが、私達の暮らしを守る堤防などのインフラの強度を上回る災害が発生してきています。このような大災害が現代の都市でひとたび起きると、数十万人規模の人々が一斉に避難を迫られる事態が起こり得ます。これが「大避難」です。しかも最新の科学的分析から、もし現代の都市で大避難を必要とする災害が起きた場合、避難そのものが困難になったり、予期せぬ混乱が起こったりすることがわかってきました。今回からこの「大避難」について考えてみたいと思います。

1.災害情報について
避難を呼びかける前提には、各種の災害情報があります。近年は技術の進歩に伴い、その情報の質・量ともに豊富になり、更に新たな災害が起こるたびに情報の種類が増加しています。ここでは 気象分野における災害情報を紹介します。
(1) 天候関係
 注意報:大雨、洪水、強風、風雪、大雪、波浪、高潮、暴風、雷、乾燥、低温、その他
 警 報:大雨(土砂災害、浸水害)、洪水、暴風、暴風雪、洪水、大雪、波浪、高潮
 特別警報:大雨(土砂災害、浸水害)、暴風、暴風雪、洪水、大雪、高潮
特別警報は平成25年8月30日から施行され、「数十年に一度」のような災害に対し、すぐ命を守る行動をとることを呼びかけるものです。
気象庁 特別警報について
  
http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/tokubetsu-keiho/index.html

(2) 洪水に関して
洪水には特別警報は導入されていませんが、河川の「洪水予報」が設定されています。水位ごとに「はん濫注意情報」「はん濫警戒情報」「はん濫危険情報」「はん濫発生情報」の4つがあります。
気象庁 指定河川洪水予報
  
http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/flood.html

(3) 土砂災害警戒情報
大雨警報(土砂災害)が発表されている状況で、土砂災害発生の危険度がさらに高まった時に、避難勧告や住民の自主避難の判断を支援するよう、対象となる市町村を特定して都道府県と気象庁が共同で発表します。
気象庁 土砂災害情報
  
http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/doshakeikai.html

2.これまでのスーパー台風
(1) 海外における台風
2005年にアメリカ・ニューオーリンズに上陸したハリケーン「カトリーナ」は、ピーク時の勢力は中心気圧が902hPa、最大風速78m(日本の基準では67m)というスーパー台風でした。街を襲った高潮は9m、堤防は8ヶ所で決壊、市内の8割が浸水して、1800人以上の方が犠牲になりました。
また2013年、フィリピンに上陸した台風「ハイエン」は、中心気圧896hPa、最大瞬間風速90mと観測史上例を見ない勢力となりました。この台風により6000人以上の死者、3万人近い負傷者が発生しました。通常、台風は上陸するとその勢力が弱まりますが、ハイエンはほとんど勢力が弱まらずに900hPaの勢力を約一日半維持し、フィリピン中部の島々では60m/s以上の竜巻に匹敵するような強風と、台風による局地的な高潮に長時間襲われました。台風が上陸したレイテ島では、台風の進路にあった住宅や構造物の70~80%が破壊されました。またレイテ島西部のオルモックでも建物の90%が全半壊するなどの甚大な被害が出ました。

(2) 日本における台風
日本では昭和34年(1959年)の伊勢湾台風で、5千人近い死者・行方不明者と4万人近い負傷者が発生しました。この台風も勢力が余り衰えることなく和歌山県潮岬に上陸し、暴風域も広かったため広範囲で強風が吹き、特に紀伊半島一帯と伊勢湾沿岸では高潮、強風、河川の氾濫により甚大な被害を受けました。
昭和36年(1961年)の第二室戸台風は、中心気圧が900hPa未満の猛烈な強さになり、室戸岬では最大瞬間風速84.5m/s以上、大阪で60.6m/sの暴風となりました。この暴風や高潮による被害が大きく、大阪では高潮により市の西部から中心部にかけて31平方kmが浸水しました。
昭和24年(1949年)に神奈川県小田原市の西に上陸したキティ台風も、関東地方では台風の通過が満潮時間と重なったために高潮となり、横浜港では積算潮位より1m以上高くなり、浸水や船舶の被害が多数発生しました。
これ以外にも、台風による最大瞬間風速79.8m/sや85.3m/sという強風が、宮古島で記録されています。近年では大雨による被害が多くなっています。

3.スーパー台風が上陸したら?
(1) 台風の変化
台風は、年間を通して暑い熱帯地方である北緯5度から20度くらいの海上で最も多く発生します。この付近の海は海水の温度も高く雲も多く、台風が渦を巻く力もあるためです。そして太平洋高気圧の風に乗り、台風の進路が決まってきます。台風の勢力が最も強い場所を「最強地点」として抽出すると、日本付近では、本州に上陸したり接近したりする台風の最強地点は平均すると1982年には北緯21度付近、台湾の南側の海上付近でした。それが2012年には台湾にかかるぐらいまで、約150kmも北上している事実が判明しました。そしてこの結果は現在進行形のもので、温暖化が進んだ将来は最強地点が更に北上する傾向が強まる可能性があります。そして最強地点が大きく北へ広がり、日本付近に達することも予想されています。
台風が強くなると大雨も予想されますが、更に心配になるのは高潮のリスクです。高潮とは、湾に向かって台風が進行してきた時に、暴風雨が同じ方向で長時間吹き続けることで生じる「吹き寄せ」と、台風の気圧が低いために海面が持ち上げられる「吸い上げ」が複合して起こる現象です。台風ハイエンでは、2階の天井近くまで水が押し寄せたという証言もあるように、7mの高潮が発生して被害が増大しました。また温暖化が続くと海面の水位自体も上昇します。堤防などハードの整備は進んでいますが、現状の防御レベルを上回るような高潮になる恐れもあります。
国土交通省 高潮発生のメカニズム

https://www.mlit.go.jp/river/pamphlet_jirei/kaigan/kaigandukuri/takashio/1mecha/01-2.htm

(2) スーパー台風上陸からの避難行動
日本ではまだスーパー台風の上陸はありませんが、その危険性が確実に増大してきている現在、もし日本にスーパー台風が上陸したら人々の避難行動はどうなるかのコンピューターシミュレーションを行いました。シミュレーションは台風の発達過程を高精度に表現する研究、高潮の予測の研究、河川の水位変化の研究、人々の避難情報の研究を行っている各研究者の協力の下に行われました。台風は関東に上陸、避難の対象としたのはゼロメートル地帯になる江戸川区・足立区・葛飾区のおよそ180万人です。そのシミュレーション結果は驚くようなものになりました。
①上陸48時間前
台風はまだ本州の1500km以上南の海上に位置し、勢力は940hPa、最大風速50mの「非常に強い台風」の状態
②上陸24時間前
上陸24時間前の夜、急速に発達した台風の気圧は897hPa、最大風速75m、さらに風速15m以上の風が吹く強風半径は900~1000kmの「超大型」台風になっています。超大型台風接近中のニュースが流れているが、台風の中心部は日本の南800kmに位置し、東京ではまだあまり風も強くありません。この時点で区の外へ自主的に避難する人は7万3000人程度。
③上陸半日前
関東地方は次第に暴風域に入り、交通も乱れ始めることが予想される頃です。台風上陸の8時間半ほど前には3つの区では避難勧告が発令され、およそ23%に当たる56万人が避難を開始する。動き出す車は17万台にもなり、道路の大渋滞、荒川・江戸川・隅田川にかかる橋は動きがとれない状態になる。公共交通機関も混乱が始まる。上陸のおよそ5時間前ごろには風の激しさも増し、電車やバスはほぼ全線で運転見合わせになる。この段階で3区の中にいる人は、避難しようとする人・しない人を含めて162万人。56万5000人が区外を目指しますが、わずか15万人しか脱出が出来ていません。
④上陸3時間前~上陸
この時点では、高層ビルに居住している人は上の階にとどまりますが、浸水の恐れがある区域の人は避難所へ向かいます。3区の避難場所は小学校などが指定されていますが、浸水の危険がない安全な場所は多くはありません。その結果、避難場所へ入ることが出来ず、別の場所を求めて歩き回らざるを得ない人が数多く出て来ますが、強風のために次第に身動きがとれなくなってきます。
そのような中、大雨の影響で水位が高くなっている荒川の水位が高潮の影響で上昇、水が堤防を乗り越える「越流」が始まります。浸水のスピードは速く、およそ2時間で3つの区の大半が浸水し、身動きがとれなくなっている人達に襲いかかります。シミュレーションでは最終的に20万人の人達が、命の危険に晒されている結果になりました。

今回のシミュレーションの避難者数は、江戸川区に居住または区内で働いている人にアンケートを行い、3000人からの回答を基にして算出しました。その内容は、ニュースで「超巨大台風が翌日夜には関東地方に上陸すると予想される」と報道された時に、自宅以外の場所に避難しようと思うかを質問したものです。その結果は「必ず自宅以外に避難する」が4%、「周囲の状況や他の情報に注意を払い、その上で判断する」が34%、「自宅で様子をみる」が36%、「職場などに外出する」が6%、「普段どおりの生活をする」が19%でした。
自治体が住民に避難を呼びかける基準はいくつかありますが、最大の根拠は河川の水位になります。その基準は区ごとに設けられており、避難の呼びかけの判断も区ごとに行います。3区とも防災計画上は大規模な浸水の恐れがある時は区外への広域避難を呼びかけますが、具体的な避難先は決まっていません。また荒川の氾濫を想定した避難勧告は出されたことがありません。このような状況で56万もの人々が区外への脱出するのは不可能です。では、どうするか?
次回は、広域避難について考えてみたいと思います。






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熊本地震から一年

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。熊本地震から一年が経過しました。今回は、現在の熊本の様子について書きたいと思います。1.経 過2016年4月14日午後9時26分頃、熊本県熊本地方を震源とするM6.5の地震が発生し、熊本県益城町で震度7が観測されました。震度7が観測されたのは、兵庫県南部地震(阪神大震災)、新潟県中越地震、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)以来の4回目で、九州では初めてのことになりま...
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
熊本地震から一年が経過しました。今回は、現在の熊本の様子について書きたいと思います。

1.経 過
2016年4月14日午後9時26分頃、熊本県熊本地方を震源とするM6.5の地震が発生し、熊本県益城町で震度7が観測されました。震度7が観測されたのは、兵庫県南部地震(阪神大震災)、新潟県中越地震、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)以来の4回目で、九州では初めてのことになります。この地震の余震は、その日だけでも震度6弱が1回、震度5弱が1回、震度4以下が37回と、総回数が40回に上りました。翌日15日は震度6強が1回、震度5弱が1回、震度4以下が110回と、総回数が112回にも上りました。
そして最初の地震が発生した28時間後の2016年4月16日午前1時25分頃、熊本県熊本地方を震源とするM7.3の地震が発生し、熊本県西原村で震度7、そして益城町でも再び震度7が観測されました。同じ地域で震度7が2回観測されたのは、今回の熊本地震が初めてです。この地震により、14日の地震が「前震」、16日の地震が「本震」になるとの見解が気象庁より発表されましたが、現在では「前震」という言葉は使われていません。その理由としては、後により大きな地震が発生しないと、実際に「前震」かどうかの判断がつかないためです。
2回も震度7の揺れに襲われた益城町では、14日の地震後では瓦が落ち、外壁やブロック塀が崩れていても、まだしっかり建っている家が数多く残っていましたが、16日の地震後では倒壊していない家屋を探す方が難しい地区が複数見られるなど、前日とは町の形が完全に変わってしまいました。
熊本城は最初の地震で残っていた最上部の瓦がほとんど完全に落ちてしまい、シンボルとなっていたシャチホコも落下してしまいました。また築城以来400年壊れることがなかった石垣の崩壊や一部の櫓が崩壊、「日本三大楼門」の一つである阿蘇神社の楼門は全壊、拝殿や3ヶ所の神殿も損壊しました。山間部の被害も甚大で、阿蘇大橋は土砂崩れのため谷底へ落下、復旧の見通しがたっていません。
熊本県危機管理防災課 熊本地震デジタルアーカイブ

 http://www.kumamoto-archive.jp/

2.現在の状況
(1) 余 震
熊本地震の特徴は、国内初の二度の震度7だけではなく、その異常なまでの余震の多さです。
余震活動は現在も活発で、4月25日の時点で4300回を超えています。
九州中部は別府湾から島原湾にかけて帯状に凹んでおり、「別府・島原地溝帯」と呼ばれています。14日の地震は日奈久断層帯でM6.5の地震が発生したものです。そして16日のM7.3の地震は、日奈久断層帯の北端が接している布田川断層帯で発生しました。この布田川断層帯は別府・島原地溝帯の南縁を構成し、その東端は熊本平野を横断して阿蘇カルデラの内側まで入り込んでいます。一方、日奈久断層帯は八代海に抜けており、この日奈久断層帯と布田川断層帯を経て別府湾南縁に至るラインが、西日本を縦断する中央構造線の九州部分に当たります。活発な余震活動は、この一連のライン上の広範囲で発生しています。
地震調査研究推進本部 熊本県の地震活動

 http://www.jishin.go.jp/regional_seismicity/rs_kyushu-okinawa/p43_kumamoto/

(2) 住宅関連
この地震によって亡くなられた方は50人、地震の影響による震災関連死は170人、昨年6月の豪雨による「二次災害死」5人と合わせた犠牲者は225人に上っています。警察が出動した災害現場の分析によると、倒壊建物に閉じ込められた被災者の78%が一階にいたことが判明、二階にいれば閉じ込められずに脱出可能なケースもありました。倒壊建物に閉じ込められたのは60人。一階が47人で最も多く、うち16人が心肺停止状態でした。倒壊したのは全て木造建てで、崩落した天井と床の間の高さ75cm未満の隙間で発見されました。
未だに4万5000人もの方が仮設住宅やみなし仮設で生活しており、777人の方が県外避難をされています。熊本県内の住宅の損壊は計18万9921棟に達し、うち8674棟が全壊でした。県内には16市町村に計4303戸の仮設住宅が整備され、原則2年間とされる仮設住宅の入居期間について、県知事は「入居期間を延ばすことも問題ない」と考えており、2020年4月までに全ての入居者が災害公営住宅などに移れるように計画しています。
熊本県 民間賃貸住宅借上げ制度(みなし仮設住宅)について

 http://www.pref.kumamoto.jp/kiji_15583.html

(3) 住民アンケート
熊本県内の仮設住宅で暮らす被災者100人を対象に行った読売新聞のアンケートでは、大半の被災者が復興を実感できておらず、住まいや資金面などで不安を抱えている実態が明らかになりました。熊本県では全壊・半壊した住宅は公費により解体を行い、その総定数は3万4749棟で、全体の59%が解体を完了しています。しかし解体が終了しても更地のままの土地が多く、「周囲に人がいなくなりゴーストタウンのようだ」と嘆く住民もいます。
住宅再建について不安に思っている住民も多く、大工や建材が不足して費用も高騰しているなどの意見が相次ぎました。けれども今後地域が復興できると考えている人が多く、人口の落ち込みなどを心配する声もありますが、多くの人が将来に向けて希望を抱いていました。
一方、熊本県が示した2020年までに仮設住宅を解消し、自宅再建や災害公営住宅への移転を終えることなどを目指している復旧・復興プランについては殆ど周知されていませんでした。防災機能などの強化のため、4車線化が計画されている県道が走る益城町では、道路より宅地の復旧にお金を回して欲しいという不満の声も出ています。
熊本県 復旧・復興計画

 http://www.pref.kumamoto.jp/hpkiji/pub/List.aspx?c_id=3&class_set_id=16&class_id=6523

(4) 熊本城
今回の地震では、熊本城に甚大な被害が生じてしまいました。重要文化財建造物13棟のうち倒壊2棟、一部倒壊3棟、その他は屋根や壁が破損したり、全ての建造物に何らかの被害が発生しました。復元建造物は20棟のうち5棟が倒壊、屋根や壁の破損、下部石垣崩壊などの被害が発生し、被害総額は約634億円にも上っています。
石垣が崩れながら建物自体は持ちこたえた大天守は、2019年3月を目標に復興のシンボルとして整備されます。屋根の軽量化や柱の補強などの耐震化を進め、文化財である石垣に重量をかけない工法が検討されています。小天守の復旧は2021年3月末が目標、石垣を始めとする熊本城全体では、2036年ごろの完全復旧を目指しています。
㈱大林組 熊本城復興最前線

 http://www.obayashi.co.jp/projects/project39
地震から半年 熊本城の現在と未来 (前)
 http://www.asahi.com/and_travel/articles/SDI2016112229621.html
地震から半年 熊本城の現在と未来 (後)
 http://www.asahi.com/and_travel/articles/SDI2016112431831.html

熊本城の石垣は、安土桃山時代末期から江戸初期にかけて加藤清正が築いた箇所と、加藤家が改易になった後に城を治めた細川家が築いた箇所があります。今回、細川家が築いた箇所で甚大な被害が発生しました。加藤清正は築城の名人とも言われていたようですが、そこには先人の知恵があったようです。東日本大震災の津波の際も、「これより下に家を建てるな」という先人の教えを守り、一人の犠牲者も出なかった地域がありました。今後、様々な災害が予想される現在、改めて先人の教えに目を向けてみてはいかがでしょうか。

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スーパーサイクルとは

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。今回は、過去の地震調査や津波痕跡調査から浮かび上がってきた地震発生サイクルのモデル、「スーパーサイクル」について紹介したいと思います。1.スーパーサイクルとは東日本大震災の数年前、二つの研究成果が学会や学術誌などに報告されました。一つは東北地方の宮城から福島にかけての太平洋岸の地層調査の結果で、同地域には桁外れの大津波が500~1000年の間隔で何度も襲...
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
今回は、過去の地震調査や津波痕跡調査から浮かび上がってきた地震発生サイクルのモデル、「スーパーサイクル」について紹介したいと思います。

1.スーパーサイクルとは
東日本大震災の数年前、二つの研究成果が学会や学術誌などに報告されました。一つは東北地方の宮城から福島にかけての太平洋岸の地層調査の結果で、同地域には桁外れの大津波が500~1000年の間隔で何度も襲来し、その繰り返し周期から考えて、現在は“満期”になっている可能性が高いという内容でした。もう一つは国土地理院が全国に展開したGPS(全地球測位システム)観測網のデータ解析結果で、宮城県を中心に想定を上回る巨大地震を起こすのに十分な歪みが蓄積していることが示されました。
これらの研究報告は、地層調査の結果は数ある研究報告の一つとみなされ、特に注目を集めることはありませんでした。またGPS観測網のデータについては、断層が非常にゆっくり動くために揺れが感じられない「ゆっくり地震」によって歪みが解消される可能性が考えられていました。その背景には、この200~300年の間、東北地方で巨大地震が起きていないという歴史的事実の認識がありました。
しかし2011年3月11日に、M9.0の東北地方太平洋沖地震が発生してしまいました。この地震は、宮城県で近い将来に必ず発生すると予測されていたM7.4の地震の、実に200倍近い(マグニチュードが1増えると、放出されるエネルギーは32倍)エネルギーを持つ巨大地震でした。この地震が平安時代の869年に発生した貞観地震の再来であることは、東日本大震災を経験した後の私達にはわかっている事実です。
日本列島各地では、今後発生が予測される様々な地震があります。それぞれの震源域では数十年から百年程度の間隔で大地震が起きています。そうした普通の大地震が何回か続いて起きると、東北地方太平洋沖地震のように近隣の複数の震源域が連動して動き、非常に巨大な地震が1回発生するようなサイクルを「スーパーサイクル」といいます。宮城県沖では平均約600年間隔のスーパーサイクルがあり、それが“満期”になって巨大地震が発生しました。スーパーサイクルの発想は2004年のスマトラ沖地震(M9.0)で米国研究者が最初に提唱しましたが、日本では議論が進んでいませんでした。現在、宮城県以外の各地の震源域でも、スーパーサイクルの存在が浮かび上がってきています。

2.北海道東部沿岸部
北海道東部沿岸には、根室沖と十勝沖を震源として、それぞれ数十年から100年間隔で大地震が発生しています。この地域は千島海溝から沈み込む太平洋プレートが陸側プレートと固着しており、海底下では歪みが蓄積し、その蓄積が限界に達すると固着が剥がれ、プレート境界面が大きく動いて地震が起きます。固着がはがれると陸側プレートは大きく跳ね上がるので、沿岸部では急激に隆起します。そして新たな沈み込みが始まり歪みが蓄積していき、限界に達すると地震が起きる、通常はこの繰り返しです。
北海道東部沿岸部では、ここ100年の間にM7~M8級の海溝型地震が何度か発生しました。普通に考えれば地震前の地盤の沈降は地震時の隆起によって解消され、100年を通してみれば地盤の高さは一定に保たれるはずです。しかし実際の沿岸部では、この100年ほど全体としてはずっと沈降が続いています。根室の検知用所の潮位が示す地盤沈降のペースは年1cm、100年で1m下がった通常では考えられない非常に速いスピードになっています。つまり根室沖と十勝沖の震源域での100年に1回程度の大地震によって解消される歪みは全体の一部でしかなく、大部分の歪みは持ちこされ続け、それが数百年間蓄積された末に、複数の震源域が連動する巨大地震が発生すると考えられています。
北海道東方沖における巨大地震の再来間隔は約400年と考えられており、前回の巨大地震が起きたのは17世紀の初め頃なので、現在はスーパーサイクルのほぼ満期に達していることになります。そして北海道東部沿岸でのここ100年に及ぶ連続的で急激な地盤沈降は、千島海溝付近で根室沖と十勝沖の震源域が連動するスーパーサイクルの巨大地震が最終準備段階に来ていることを示唆している可能性があるのではないでしょうか。
文部科学省 地震調査研究推進本部 北海道東部地域
http://www.jishin.go.jp/main/yosokuchizu/hokkaido/p01_tobu.htm

3.南海トラフ
南海トラフ付近は東海地震・東南海地震・南海地震の3つの震源域に分かれています。ここでは日本海溝付近とは異なり、震源域の連動が通例となっています。東南海地震と南海地震はほぼ同時に起き、時間差は長くて約2年で連動することもあります。この2つの地震の再来間隔は100~150年。そして東南海地震の際、2~3回に1回は東海地震の震源域が連動するとみられています。その場合は東海・東南海・南海の3連動地震となります。その代表的なものが1707年の宝永地震(推定M8.6)で、日本で起き得る最大の地震と考えられていました。しかし東北地方太平洋沖地震の発生により南海地震の研究も見直され、従来考えられていなかった領域が震源域になり得ることがわかりました。
海洋プレートの沈み込みに伴う大地震は、海洋プレートと陸側プレート間の固着域に蓄積する歪みで発生しますが、これまでは固着域は上端が海底下10km、下端が30kmの辺りに存在すると考えられていました。つまり海底下10kmより浅いプレート境界面と30kmより深い所は固着せず、滑らかに沈み込んでいると見られていました。しかし東北地方太平洋沖地震では海底下0m、日本海溝の底あたりまで境界面が断層として動いていたことが判明しました。南海トラフ付近の震源の想定でも、海底下10kmより浅い領域では地震性の断層の動きは起きないとしていましたが、日本海溝と同じような状況になっていれば、想定より遥かに大きな津波が西日本の太平洋岸を襲うことになります。
南海トラフではおよそ400~600年に1回、規模が大きい津波が各地に襲来していることは確かのようです。そうなると100~150年間隔で起きる東南海・南海地震のうち、3~4回に1回はとりわけ津波の規模が大きくなっている可能性があります。その際には通常の3連動に加え、南海トラフ寄りの浅い部分の固着域も同時に剥がれるかもしれず、これが南海トラフにおけるスーパーサイクルを意味している可能性があります。
1707年、ほぼ同時に東海・東南海・南海地震の三連動地震が発生した宝永地震、その49日後に富士山の噴火、これがスーパーサイクルかもしれません。現在確実にいえることは、南海トラフ付近で海底下の歪みが着実に蓄積しつつあることです。南海トラフ直近の地震は1944年の昭和東南海地震(M7.9)、1946年の昭和南海地震(M8.0)で比較的規模が小さく、この時は東海地震の震源域は連動しませんでした。そのため次の大地震はスーパーサイクル級ではないかもしれませんが、かなり大きい地震、それも三連動地震だけではなく、日向灘まで連動する四連動地震の可能性も予測されています。
文部科学省 地震調査研究推進本部 南海トラフで発生する地震
http://www.jishin.go.jp/main/yosokuchizu/kaiko/k_nankai.htm

4.相模トラフ
相模トラフでもスーパーサイクルの地震の可能性が考えられています。南海トラフの海溝型地震は飛鳥時代に起きた白鳳地震まで古文書の記録を遡ることができますが、相模トラフでは1923年の大正地震(関東大震災、M7.9)と1703年の元禄地震(推定M8.1)の二つしか分かりません。それ以外にも大地震の記録はありますが、内陸の活断層型、プレート内地震、海溝型地震かの区別が難しい状況です。
1923年の関東大震災による10万人を超える犠牲者は殆どが火災によるもので、地震の揺れや津波によるものではありませんでした。それに対して1703年の元禄地震は、大正地震の震源域とそれに隣接する房総半島南東沖に至る震源域の2つが連動したとみられており、これがスーパーサイクルによる巨大地震だった可能性があります。大正地震の際には来なかった房総半島の東側まで津波が押し寄せ、推定1万人以上の死者の内、津波による犠牲者が6500人以上と推定されます。地震の揺れも相模湾沿岸や房総半島南端では震度7に達したとされ、東海道の川崎から小田原までの宿場はほぼ全滅しました。
現在、GPS観測で歪みの蓄積が確認されている領域は、元禄地震で動いた房総半島南東の震源域が中心になっているように見えます。しかしGPS観測網は陸域に展開しているため、陸域に近い南海トラフとは異なり相模トラフは房総から外洋へ伸びているので、房総半島からかなり離れたフィリピン海プレートの沈み込み域で固着が起きているかどうか全く分からず、震源域の全体像がつかめていません。
相模トラフで大地震が発生するたびに、房総半島南部では地盤が隆起します。その段丘の調査により、元禄地震の震源域の更に外洋側にもう1つ震源域があり、それが単独で動いたり隣接する房総半島南東の震源域と連動して大地震が起きているとする「外房型地震」説を発表した研究者もいます。
現在、想定されている繰り返し間隔から考えると、次の大正地震タイプが起きるまでには短くてもあと100年先になると考えられています。しかしこの海溝型地震が発生する前には内陸型地震(首都直下型地震)が発生します。津波の被害こそありませんが、その揺れによる甚大な被害が想定されており、防災意識を高める必要が重要になってきます。
文部科学省 地震調査研究推進本部 相模トラフ
 http://www.jishin.go.jp/main/yosokuchizu/kaiko/k_sagami.htm

2011年の東北地方太平洋沖地震をきっかけに日本でも考えられ始めたスーパーサイクルですが、フィリピン海プレート関連では紀元前1000年頃、平安時代前期の9世紀後半、室町時代後期の15世紀後半、江戸時代中期の18世紀初めの4つの時代が注目されます。それらの時代では南海トラフと相模トラフの両方で巨大地震が起き、富士山も噴火しているようです。
江戸時代中期には元禄地震と宝永地震、宝永噴火がありましたが、この時期には南海トラフの先の南西諸島海溝付近でも大地震が発生し、石垣島や宮古島がある先島諸島には高さ約30mの大津波が押し寄せ、約1万2000人の犠牲者が出ました。
15世紀後半と9世紀後半の時代には、日本海溝で巨大地震も発生しています。これは同時期に太平洋プレートも大きく動いたことを意味しています。そして太平洋プレートの日本海溝と千島海溝で、ほぼ同時期に巨大地震が起きている傾向もみられます。そうした時代のいくつかでは、火山活動も活発化しています。
現在、日本海溝付近でスーパーサイクルの巨大地震が起き、千島海溝でもサイクルの満期が近いと見られています。相模トラフでは状況はよくわかりませんが、内陸直下型の危険性が高くなっています。そして南海トラフではかなり大きな連動型地震が起きる時期が近付いています。
前回紹介した貞観の時代が再来しているといわれている現在です。比嘉良丸氏も南海トラフの連動型地震、そして関東から東北・北海道へも連動する地震を啓示で見せられています。地球の営みにおいては地震や噴火は当たり前の出来事です。これらの自然災害に怯えるのではなく、確実に襲来するものと意識をして万全な準備をしていくことが減災、そして自分や家族、友人の命を守ることに繋がっていきます。

内閣府防災情報のページ 地震・津波対策
http://www.bousai.go.jp/jishin/index.html


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