熊本地震から一年

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。熊本地震から一年が経過しました。今回は、現在の熊本の様子について書きたいと思います。1.経 過2016年4月14日午後9時26分頃、熊本県熊本地方を震源とするM6.5の地震が発生し、熊本県益城町で震度7が観測されました。震度7が観測されたのは、兵庫県南部地震(阪神大震災)、新潟県中越地震、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)以来の4回目で、九州では初めてのことになりま...
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
熊本地震から一年が経過しました。今回は、現在の熊本の様子について書きたいと思います。

1.経 過
2016年4月14日午後9時26分頃、熊本県熊本地方を震源とするM6.5の地震が発生し、熊本県益城町で震度7が観測されました。震度7が観測されたのは、兵庫県南部地震(阪神大震災)、新潟県中越地震、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)以来の4回目で、九州では初めてのことになります。この地震の余震は、その日だけでも震度6弱が1回、震度5弱が1回、震度4以下が37回と、総回数が40回に上りました。翌日15日は震度6強が1回、震度5弱が1回、震度4以下が110回と、総回数が112回にも上りました。
そして最初の地震が発生した28時間後の2016年4月16日午前1時25分頃、熊本県熊本地方を震源とするM7.3の地震が発生し、熊本県西原村で震度7、そして益城町でも再び震度7が観測されました。同じ地域で震度7が2回観測されたのは、今回の熊本地震が初めてです。この地震により、14日の地震が「前震」、16日の地震が「本震」になるとの見解が気象庁より発表されましたが、現在では「前震」という言葉は使われていません。その理由としては、後により大きな地震が発生しないと、実際に「前震」かどうかの判断がつかないためです。
2回も震度7の揺れに襲われた益城町では、14日の地震後では瓦が落ち、外壁やブロック塀が崩れていても、まだしっかり建っている家が数多く残っていましたが、16日の地震後では倒壊していない家屋を探す方が難しい地区が複数見られるなど、前日とは町の形が完全に変わってしまいました。
熊本城は最初の地震で残っていた最上部の瓦がほとんど完全に落ちてしまい、シンボルとなっていたシャチホコも落下してしまいました。また築城以来400年壊れることがなかった石垣の崩壊や一部の櫓が崩壊、「日本三大楼門」の一つである阿蘇神社の楼門は全壊、拝殿や3ヶ所の神殿も損壊しました。山間部の被害も甚大で、阿蘇大橋は土砂崩れのため谷底へ落下、復旧の見通しがたっていません。
熊本県危機管理防災課 熊本地震デジタルアーカイブ

 http://www.kumamoto-archive.jp/

2.現在の状況
(1) 余 震
熊本地震の特徴は、国内初の二度の震度7だけではなく、その異常なまでの余震の多さです。
余震活動は現在も活発で、4月25日の時点で4300回を超えています。
九州中部は別府湾から島原湾にかけて帯状に凹んでおり、「別府・島原地溝帯」と呼ばれています。14日の地震は日奈久断層帯でM6.5の地震が発生したものです。そして16日のM7.3の地震は、日奈久断層帯の北端が接している布田川断層帯で発生しました。この布田川断層帯は別府・島原地溝帯の南縁を構成し、その東端は熊本平野を横断して阿蘇カルデラの内側まで入り込んでいます。一方、日奈久断層帯は八代海に抜けており、この日奈久断層帯と布田川断層帯を経て別府湾南縁に至るラインが、西日本を縦断する中央構造線の九州部分に当たります。活発な余震活動は、この一連のライン上の広範囲で発生しています。
地震調査研究推進本部 熊本県の地震活動

 http://www.jishin.go.jp/regional_seismicity/rs_kyushu-okinawa/p43_kumamoto/

(2) 住宅関連
この地震によって亡くなられた方は50人、地震の影響による震災関連死は170人、昨年6月の豪雨による「二次災害死」5人と合わせた犠牲者は225人に上っています。警察が出動した災害現場の分析によると、倒壊建物に閉じ込められた被災者の78%が一階にいたことが判明、二階にいれば閉じ込められずに脱出可能なケースもありました。倒壊建物に閉じ込められたのは60人。一階が47人で最も多く、うち16人が心肺停止状態でした。倒壊したのは全て木造建てで、崩落した天井と床の間の高さ75cm未満の隙間で発見されました。
未だに4万5000人もの方が仮設住宅やみなし仮設で生活しており、777人の方が県外避難をされています。熊本県内の住宅の損壊は計18万9921棟に達し、うち8674棟が全壊でした。県内には16市町村に計4303戸の仮設住宅が整備され、原則2年間とされる仮設住宅の入居期間について、県知事は「入居期間を延ばすことも問題ない」と考えており、2020年4月までに全ての入居者が災害公営住宅などに移れるように計画しています。
熊本県 民間賃貸住宅借上げ制度(みなし仮設住宅)について

 http://www.pref.kumamoto.jp/kiji_15583.html

(3) 住民アンケート
熊本県内の仮設住宅で暮らす被災者100人を対象に行った読売新聞のアンケートでは、大半の被災者が復興を実感できておらず、住まいや資金面などで不安を抱えている実態が明らかになりました。熊本県では全壊・半壊した住宅は公費により解体を行い、その総定数は3万4749棟で、全体の59%が解体を完了しています。しかし解体が終了しても更地のままの土地が多く、「周囲に人がいなくなりゴーストタウンのようだ」と嘆く住民もいます。
住宅再建について不安に思っている住民も多く、大工や建材が不足して費用も高騰しているなどの意見が相次ぎました。けれども今後地域が復興できると考えている人が多く、人口の落ち込みなどを心配する声もありますが、多くの人が将来に向けて希望を抱いていました。
一方、熊本県が示した2020年までに仮設住宅を解消し、自宅再建や災害公営住宅への移転を終えることなどを目指している復旧・復興プランについては殆ど周知されていませんでした。防災機能などの強化のため、4車線化が計画されている県道が走る益城町では、道路より宅地の復旧にお金を回して欲しいという不満の声も出ています。
熊本県 復旧・復興計画

 http://www.pref.kumamoto.jp/hpkiji/pub/List.aspx?c_id=3&class_set_id=16&class_id=6523

(4) 熊本城
今回の地震では、熊本城に甚大な被害が生じてしまいました。重要文化財建造物13棟のうち倒壊2棟、一部倒壊3棟、その他は屋根や壁が破損したり、全ての建造物に何らかの被害が発生しました。復元建造物は20棟のうち5棟が倒壊、屋根や壁の破損、下部石垣崩壊などの被害が発生し、被害総額は約634億円にも上っています。
石垣が崩れながら建物自体は持ちこたえた大天守は、2019年3月を目標に復興のシンボルとして整備されます。屋根の軽量化や柱の補強などの耐震化を進め、文化財である石垣に重量をかけない工法が検討されています。小天守の復旧は2021年3月末が目標、石垣を始めとする熊本城全体では、2036年ごろの完全復旧を目指しています。
㈱大林組 熊本城復興最前線

 http://www.obayashi.co.jp/projects/project39
地震から半年 熊本城の現在と未来 (前)
 http://www.asahi.com/and_travel/articles/SDI2016112229621.html
地震から半年 熊本城の現在と未来 (後)
 http://www.asahi.com/and_travel/articles/SDI2016112431831.html

熊本城の石垣は、安土桃山時代末期から江戸初期にかけて加藤清正が築いた箇所と、加藤家が改易になった後に城を治めた細川家が築いた箇所があります。今回、細川家が築いた箇所で甚大な被害が発生しました。加藤清正は築城の名人とも言われていたようですが、そこには先人の知恵があったようです。東日本大震災の津波の際も、「これより下に家を建てるな」という先人の教えを守り、一人の犠牲者も出なかった地域がありました。今後、様々な災害が予想される現在、改めて先人の教えに目を向けてみてはいかがでしょうか。

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スーパーサイクルとは

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。今回は、過去の地震調査や津波痕跡調査から浮かび上がってきた地震発生サイクルのモデル、「スーパーサイクル」について紹介したいと思います。1.スーパーサイクルとは東日本大震災の数年前、二つの研究成果が学会や学術誌などに報告されました。一つは東北地方の宮城から福島にかけての太平洋岸の地層調査の結果で、同地域には桁外れの大津波が500~1000年の間隔で何度も襲...
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
今回は、過去の地震調査や津波痕跡調査から浮かび上がってきた地震発生サイクルのモデル、「スーパーサイクル」について紹介したいと思います。

1.スーパーサイクルとは
東日本大震災の数年前、二つの研究成果が学会や学術誌などに報告されました。一つは東北地方の宮城から福島にかけての太平洋岸の地層調査の結果で、同地域には桁外れの大津波が500~1000年の間隔で何度も襲来し、その繰り返し周期から考えて、現在は“満期”になっている可能性が高いという内容でした。もう一つは国土地理院が全国に展開したGPS(全地球測位システム)観測網のデータ解析結果で、宮城県を中心に想定を上回る巨大地震を起こすのに十分な歪みが蓄積していることが示されました。
これらの研究報告は、地層調査の結果は数ある研究報告の一つとみなされ、特に注目を集めることはありませんでした。またGPS観測網のデータについては、断層が非常にゆっくり動くために揺れが感じられない「ゆっくり地震」によって歪みが解消される可能性が考えられていました。その背景には、この200~300年の間、東北地方で巨大地震が起きていないという歴史的事実の認識がありました。
しかし2011年3月11日に、M9.0の東北地方太平洋沖地震が発生してしまいました。この地震は、宮城県で近い将来に必ず発生すると予測されていたM7.4の地震の、実に200倍近い(マグニチュードが1増えると、放出されるエネルギーは32倍)エネルギーを持つ巨大地震でした。この地震が平安時代の869年に発生した貞観地震の再来であることは、東日本大震災を経験した後の私達にはわかっている事実です。
日本列島各地では、今後発生が予測される様々な地震があります。それぞれの震源域では数十年から百年程度の間隔で大地震が起きています。そうした普通の大地震が何回か続いて起きると、東北地方太平洋沖地震のように近隣の複数の震源域が連動して動き、非常に巨大な地震が1回発生するようなサイクルを「スーパーサイクル」といいます。宮城県沖では平均約600年間隔のスーパーサイクルがあり、それが“満期”になって巨大地震が発生しました。スーパーサイクルの発想は2004年のスマトラ沖地震(M9.0)で米国研究者が最初に提唱しましたが、日本では議論が進んでいませんでした。現在、宮城県以外の各地の震源域でも、スーパーサイクルの存在が浮かび上がってきています。

2.北海道東部沿岸部
北海道東部沿岸には、根室沖と十勝沖を震源として、それぞれ数十年から100年間隔で大地震が発生しています。この地域は千島海溝から沈み込む太平洋プレートが陸側プレートと固着しており、海底下では歪みが蓄積し、その蓄積が限界に達すると固着が剥がれ、プレート境界面が大きく動いて地震が起きます。固着がはがれると陸側プレートは大きく跳ね上がるので、沿岸部では急激に隆起します。そして新たな沈み込みが始まり歪みが蓄積していき、限界に達すると地震が起きる、通常はこの繰り返しです。
北海道東部沿岸部では、ここ100年の間にM7~M8級の海溝型地震が何度か発生しました。普通に考えれば地震前の地盤の沈降は地震時の隆起によって解消され、100年を通してみれば地盤の高さは一定に保たれるはずです。しかし実際の沿岸部では、この100年ほど全体としてはずっと沈降が続いています。根室の検知用所の潮位が示す地盤沈降のペースは年1cm、100年で1m下がった通常では考えられない非常に速いスピードになっています。つまり根室沖と十勝沖の震源域での100年に1回程度の大地震によって解消される歪みは全体の一部でしかなく、大部分の歪みは持ちこされ続け、それが数百年間蓄積された末に、複数の震源域が連動する巨大地震が発生すると考えられています。
北海道東方沖における巨大地震の再来間隔は約400年と考えられており、前回の巨大地震が起きたのは17世紀の初め頃なので、現在はスーパーサイクルのほぼ満期に達していることになります。そして北海道東部沿岸でのここ100年に及ぶ連続的で急激な地盤沈降は、千島海溝付近で根室沖と十勝沖の震源域が連動するスーパーサイクルの巨大地震が最終準備段階に来ていることを示唆している可能性があるのではないでしょうか。
文部科学省 地震調査研究推進本部 北海道東部地域
http://www.jishin.go.jp/main/yosokuchizu/hokkaido/p01_tobu.htm

3.南海トラフ
南海トラフ付近は東海地震・東南海地震・南海地震の3つの震源域に分かれています。ここでは日本海溝付近とは異なり、震源域の連動が通例となっています。東南海地震と南海地震はほぼ同時に起き、時間差は長くて約2年で連動することもあります。この2つの地震の再来間隔は100~150年。そして東南海地震の際、2~3回に1回は東海地震の震源域が連動するとみられています。その場合は東海・東南海・南海の3連動地震となります。その代表的なものが1707年の宝永地震(推定M8.6)で、日本で起き得る最大の地震と考えられていました。しかし東北地方太平洋沖地震の発生により南海地震の研究も見直され、従来考えられていなかった領域が震源域になり得ることがわかりました。
海洋プレートの沈み込みに伴う大地震は、海洋プレートと陸側プレート間の固着域に蓄積する歪みで発生しますが、これまでは固着域は上端が海底下10km、下端が30kmの辺りに存在すると考えられていました。つまり海底下10kmより浅いプレート境界面と30kmより深い所は固着せず、滑らかに沈み込んでいると見られていました。しかし東北地方太平洋沖地震では海底下0m、日本海溝の底あたりまで境界面が断層として動いていたことが判明しました。南海トラフ付近の震源の想定でも、海底下10kmより浅い領域では地震性の断層の動きは起きないとしていましたが、日本海溝と同じような状況になっていれば、想定より遥かに大きな津波が西日本の太平洋岸を襲うことになります。
南海トラフではおよそ400~600年に1回、規模が大きい津波が各地に襲来していることは確かのようです。そうなると100~150年間隔で起きる東南海・南海地震のうち、3~4回に1回はとりわけ津波の規模が大きくなっている可能性があります。その際には通常の3連動に加え、南海トラフ寄りの浅い部分の固着域も同時に剥がれるかもしれず、これが南海トラフにおけるスーパーサイクルを意味している可能性があります。
1707年、ほぼ同時に東海・東南海・南海地震の三連動地震が発生した宝永地震、その49日後に富士山の噴火、これがスーパーサイクルかもしれません。現在確実にいえることは、南海トラフ付近で海底下の歪みが着実に蓄積しつつあることです。南海トラフ直近の地震は1944年の昭和東南海地震(M7.9)、1946年の昭和南海地震(M8.0)で比較的規模が小さく、この時は東海地震の震源域は連動しませんでした。そのため次の大地震はスーパーサイクル級ではないかもしれませんが、かなり大きい地震、それも三連動地震だけではなく、日向灘まで連動する四連動地震の可能性も予測されています。
文部科学省 地震調査研究推進本部 南海トラフで発生する地震
http://www.jishin.go.jp/main/yosokuchizu/kaiko/k_nankai.htm

4.相模トラフ
相模トラフでもスーパーサイクルの地震の可能性が考えられています。南海トラフの海溝型地震は飛鳥時代に起きた白鳳地震まで古文書の記録を遡ることができますが、相模トラフでは1923年の大正地震(関東大震災、M7.9)と1703年の元禄地震(推定M8.1)の二つしか分かりません。それ以外にも大地震の記録はありますが、内陸の活断層型、プレート内地震、海溝型地震かの区別が難しい状況です。
1923年の関東大震災による10万人を超える犠牲者は殆どが火災によるもので、地震の揺れや津波によるものではありませんでした。それに対して1703年の元禄地震は、大正地震の震源域とそれに隣接する房総半島南東沖に至る震源域の2つが連動したとみられており、これがスーパーサイクルによる巨大地震だった可能性があります。大正地震の際には来なかった房総半島の東側まで津波が押し寄せ、推定1万人以上の死者の内、津波による犠牲者が6500人以上と推定されます。地震の揺れも相模湾沿岸や房総半島南端では震度7に達したとされ、東海道の川崎から小田原までの宿場はほぼ全滅しました。
現在、GPS観測で歪みの蓄積が確認されている領域は、元禄地震で動いた房総半島南東の震源域が中心になっているように見えます。しかしGPS観測網は陸域に展開しているため、陸域に近い南海トラフとは異なり相模トラフは房総から外洋へ伸びているので、房総半島からかなり離れたフィリピン海プレートの沈み込み域で固着が起きているかどうか全く分からず、震源域の全体像がつかめていません。
相模トラフで大地震が発生するたびに、房総半島南部では地盤が隆起します。その段丘の調査により、元禄地震の震源域の更に外洋側にもう1つ震源域があり、それが単独で動いたり隣接する房総半島南東の震源域と連動して大地震が起きているとする「外房型地震」説を発表した研究者もいます。
現在、想定されている繰り返し間隔から考えると、次の大正地震タイプが起きるまでには短くてもあと100年先になると考えられています。しかしこの海溝型地震が発生する前には内陸型地震(首都直下型地震)が発生します。津波の被害こそありませんが、その揺れによる甚大な被害が想定されており、防災意識を高める必要が重要になってきます。
文部科学省 地震調査研究推進本部 相模トラフ
 http://www.jishin.go.jp/main/yosokuchizu/kaiko/k_sagami.htm

2011年の東北地方太平洋沖地震をきっかけに日本でも考えられ始めたスーパーサイクルですが、フィリピン海プレート関連では紀元前1000年頃、平安時代前期の9世紀後半、室町時代後期の15世紀後半、江戸時代中期の18世紀初めの4つの時代が注目されます。それらの時代では南海トラフと相模トラフの両方で巨大地震が起き、富士山も噴火しているようです。
江戸時代中期には元禄地震と宝永地震、宝永噴火がありましたが、この時期には南海トラフの先の南西諸島海溝付近でも大地震が発生し、石垣島や宮古島がある先島諸島には高さ約30mの大津波が押し寄せ、約1万2000人の犠牲者が出ました。
15世紀後半と9世紀後半の時代には、日本海溝で巨大地震も発生しています。これは同時期に太平洋プレートも大きく動いたことを意味しています。そして太平洋プレートの日本海溝と千島海溝で、ほぼ同時期に巨大地震が起きている傾向もみられます。そうした時代のいくつかでは、火山活動も活発化しています。
現在、日本海溝付近でスーパーサイクルの巨大地震が起き、千島海溝でもサイクルの満期が近いと見られています。相模トラフでは状況はよくわかりませんが、内陸直下型の危険性が高くなっています。そして南海トラフではかなり大きな連動型地震が起きる時期が近付いています。
前回紹介した貞観の時代が再来しているといわれている現在です。比嘉良丸氏も南海トラフの連動型地震、そして関東から東北・北海道へも連動する地震を啓示で見せられています。地球の営みにおいては地震や噴火は当たり前の出来事です。これらの自然災害に怯えるのではなく、確実に襲来するものと意識をして万全な準備をしていくことが減災、そして自分や家族、友人の命を守ることに繋がっていきます。

内閣府防災情報のページ 地震・津波対策
http://www.bousai.go.jp/jishin/index.html


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貞観時代を振り返る

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)、あの日から7年目を迎えようとしています。被災地では未だに2,556名もの行方不明の方がおられ、35,000人の方が仮設住宅で暮らしていらっしゃいます。地盤の嵩上げ、住宅の再建問題、生活の支援等、難題が山積みになっています。先日、福島第一原発の帰還困難地域に住まわれていた方とお会いする機会があり、原発事...
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)、あの日から7年目を迎えようとしています。被災地では未だに2,556名もの行方不明の方がおられ、35,000人の方が仮設住宅で暮らしていらっしゃいます。地盤の嵩上げ、住宅の再建問題、生活の支援等、難題が山積みになっています。
先日、福島第一原発の帰還困難地域に住まわれていた方とお会いする機会があり、原発事故からの避難状況を直接伺うことが出来ました。その方はお体の不自由な奥様がおり、食料の確保も出来ず、トイレもなく、車も動かず、「自分一人なら逃げることも出来るのに、家内さえいなければ・・・」という思いが湧き、未だにお心を苦しめておられました。「自分は戦争を知らないが、戦争というのはあのような状況なのだろう」という言葉があり、経験した者しか分からない極限状況だったようです。
この東北地方太平洋沖地震は、869年に起きた貞観地震の再来と言われています。過去の地震や噴火などの自然災害を知ることにより、防災に繋げることが出来ます。南海トラフ巨大地震、富士山噴火も取り沙汰される現代、改めて貞観の時代の自然災害について記してみたいと思います。

1.現在の被災地の地盤状況
東日本大震災から6年が経過しますが、東北地方の太平洋側の一部地域では沈んだ地盤の隆起が続いています。この現象は従来の地震学では説明しきれず、地下奥深くにあるマントルの関与が取り沙汰されています。マントルにかかっていた力が地震によって変わり、ゆっくりと地盤を押し上げているようです。巨大地震後の地盤変動は謎が多く、研究者らはその影響の解明に取り組んでいます。
宮城県北東部の牡鹿半島の漁港では、岸壁がじわじわ上昇しています。牡鹿半島は震災時に約1m沈下し、海面より低くなって水浸しになった漁港に新たに岸壁が整備されました。ところがその後、地盤の変動が隆起に転じ、一部で岸壁が高くなり過ぎたため、船の乗り降りや水揚げが大変になってしまいました。
国土地理院によると、東日本大震災後に地盤沈下した岩手・宮城・福島・茨城4県の水準点計573地点について、すべてで隆起が確認されたと発表しました。2016年に行った調査の結果、2011年7~9月の調査時より最大約30cm高くなっていました。津波の被害をうけ防潮堤の整備を進める宮城県では約90ヶ所、福島県では8ヶ所について計画を見直し、当初計画より低い防潮堤に変更する方針です。
隆起した高さが最大なのは、宮城県石巻市清水田浜と荻浜の2地点で各30.6cm、気仙沼市長磯で24.1cm、岩手県釜石市大町で17.1cm、福島県いわき市平で9.1cmなどとなっています。隆起が始まった原因は当初、地震が起きた海と陸のプレート境界の深い部分で、海のプレートが陸のプレートの下を滑り続けて陸側を押し上げる「余効変動」が原因と考えられていましたが、これだけでは説明が出来ず、牡鹿半島などの下に流れ込んでいるマントルの影響で、地盤が隆起していると考えられています。このマントルの動きは今後の地震活動を予測する上で重要な意味を持ち、観測を続けて状況を明らかにする必要があると専門家は話しています。東北地方の太平洋側では、30~40年おきにM7クラスの宮城県沖地震が発生していました。東日本大震災の影響でこの周期が変化するのかは分かっていません。

2.貞観地震
東京大学・藤井敏嗣名誉教授は「現在の日本の地震活動は、活発化の時期に入っています。9世紀後半(平安時代)に起きた貞観地震の時と非常に似ています」と警告します。
貞観地震は、平安時代前期、貞観11年(869年)に三陸沖で発生した推定M8.4以上の巨大地震で、地震と津波で1,000人以上の死者という甚大な被害が出ました。延喜元年(901年)に成立した史書『日本三大実録』には、この地震に関する記述がいくつか記されています。
『5月26日癸未の日、陸奥国で大地震が起きた。(空を)流れる光が(夜を)昼のように照らし、人々は叫び声を挙げて身を伏せ、立つことが出来なかった。ある者は家屋の下敷きとなって圧死し、ある者は地割れに呑まれた。驚いた牛や馬は奔走したり互いに踏みつけ合い、城や倉庫・門櫓・しょう壁などが多数崩れ落ちた。雷鳴のような海鳴りが聞こえて潮が湧き上がり、川が逆流し、海嘯が長く連なって押し寄せ、たちまち城下に達した。内陸部まで果ても知れないほど水浸しとなり、野原も道も大海原となった。船で逃げたり山に避難したりすることができずに千人ほどが溺れ死に、後には田畑も人々の財産も、ほとんど何も残らなかった。』
この史料にある「陸奥国」の「城」は多賀城であったと推定されており、多賀城市市川橋遺跡からは濁流で南北大路が壊された痕跡が発見されています。この時の津波は海水によって運ばれた泥の堆積物調査から、少なくとも3~4キロは内陸に達したと言われています。東日本大震災では、仙台市で海岸から約5キロほど津波が浸水しており、二つの災害がほぼ同規模であったのは間違いないようです。溺死者千人とありますが当時の日本の人口は500万人なので、現代に換算すると2万人になります。
この貞観地震は文献研究者には従来から知られていた地震でしたが、地震研究者には殆ど知られていませんでした。2000年代に入るとボーリング調査等により仙台平野の津波の痕跡の調査が進歩を遂げ、仙台平野の沿岸部では貞観地震の歴史書が記述するとおり、1000年ほど前に津波が内陸深く遡上したことを示す痕跡が発見されました。過去にこのような大地震があったことを周知しようとした矢先に、東日本大震災が発生してしまいました。

3.その他の自然災害
9世紀には東北地方を襲った貞観地震以外にも、その前後の年代に数多くの地震や火山の噴火が起こっています。
863年 越中越後(今の富山県から新潟県)地震
864年 富士山噴火(貞観大噴火) 青木ヶ原樹海に溶岩流
    阿蘇山噴火
867年 鶴見岳噴火(大分県)
868年 播磨(今の兵庫県)山城地震 M7 山崎断層
869年 貞観地震
    肥後(今の熊本県)台風高潮被害 伊勢神宮への奉幣告文中に「肥後国に地震風水の災」
    とあり、津波が襲った可能性もあり
871年 鳥海山噴火
874年 開聞岳(鹿児島県)大噴火
878年 相模・武蔵地震 M7.4 伊勢原断層あるいは相模トラフのプレート間地震
880年 出雲で地震 M7
887年 仁和地震(南海トラフ巨大地震) M8.0~8.5

これを現代と比較すると
1995年 兵庫県南部地震(阪神淡路大震災) M7.3 震度7
2004年 新潟県中越地震 M6.8 震度7
2007年 新潟県中越沖地震 M6.8 震度6強
2008年 岩手宮城内陸地震 M7.2 震度6強
2009年 浅間山噴火
2010年 桜島噴火
2011年 新燃岳噴火(鹿児島県)
     東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)
2013年 兵庫県淡路島 M6.3 震度6弱
2015年 阿蘇山噴火
2016年 熊本地震 M6.5 震度7、M7.3 震度7
     鳥取県中部地震 M6.6 震度6弱

上記のように、貞観地震の前後には、現代に発生している自然災害と同様な災害が起きています。その中でまだ発生していないのが「首都直下地震」「南海トラフ地震」「富士山噴火」になります。これらの地震や噴火は必ず発生します。「過去の出来事を詳しく調べることで、今後起こる出来事を想定内に出来るはず」と述べる研究者もいます。
今回、津波の遡上がぎりぎりで止まった地域には、多くの神社がありました。過去にも津波に襲われている地域なので、助かった感謝の想いで神社を奉納した先人達がおりました。また「これより下に家を建てるな」という石碑もあり、その教えを忠実に守り被害を受けなかった地域もありました。
皆様がお住まいの地域は、津波の危険性がある地域、内陸部、土砂崩壊の恐れがある山間部など、そのエリアにより起こり得る被害は様々で、対応の仕方も異なってきます。改めて自分の地域で起こり得る被害の確認、日頃の防災対策の確認、見直しを行いましょう。また特に何もされていない方は、3月11日という日をきっかけに防災対策を始めましょう。

東日本大震災における神社の津波被害 現地調査報告 防災科学技術研究所
 http://dil.bosai.go.jp/disaster/2011eq311/pdf/jasdis2012_suzuki.pdf 
防災Walker  amazonのサイト
https://www.amazon.co.jp/%E9%98%B2%E7%81%BDWalker-%E8%A7%92%E5%B7%9DSSC%E3%83%A0%E3%83%83%E3%82%AF/dp/4048959441
東日本大震災公開動画検索システム 東北大学災害科学国際研究所
 http://311movie.irides.tohoku.ac.jp/SearchPage?2



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備蓄品備忘録 その4

備蓄品備忘録 その4いつもブログをごらんいただき、ありがとうございます。今まで3回に亘り紹介して来ましたが、今回は最後に少し時間が経った頃の状況、あらためて感じられたことなどを紹介します。1.震災後の状況ガスが止まっていたので、自宅のお風呂には1ヶ月入れませんでした。ポットのお湯を2Lのペットボトルに水と半々入れて週に1回シャンプーしました。お風呂は半月後に入りました。何処で?それはラブホテル。多くが...
備蓄品備忘録 その4

いつもブログをごらんいただき、ありがとうございます。
今まで3回に亘り紹介して来ましたが、今回は最後に少し時間が経った頃の状況、あらためて感じられたことなどを紹介します。

1.震災後の状況
ガスが止まっていたので、自宅のお風呂には1ヶ月入れませんでした。ポットのお湯を2Lのペットボトルに水と半々入れて週に1回シャンプーしました。お風呂は半月後に入りました。何処で?それはラブホテル。多くがプロパンガスなので水さえ復旧していたら入れたんですよ。20分一人1,000円とかで利用していました。子供達も社会勉強と称して連れて行きました。他にもツイッター等から情報を集め必死に探して子供達だけでもと入れました。遠慮してあの寒い中、水でシャンプーする姿は今でも忘れられません。チャレンジャーですよ。落ち着いてくると、洗剤などの日用品、化粧品なども困る原因なので、お備え下さい。
またあんな日々が来るかもしれないなんて、そうならないでと祈らずにはいられません。
啓示のような事が起これば、向こう数年間は我慢が続くことでしょう。今度はさすがに暴動も起きると思います。
皆さん、ここに書いたのはあくまで自分と姉一家の例です。たまたま備蓄しまくって助かった一例です。
それぞれ、状況も何もかも違う中で、少しでも参考になればと、また自分自身の対策と確認の為にも書き出してみました。まったく、八畳の和室一つ埋まる訳ですよね。段ボールで保管してたものがほとんどですし。
何よりもまず自分の命と安全。大事にして下さい。モノは後から何とでもなります。でも生き残ったら次はモノです。これがないと生きていけません。矛盾しているようですが、あらゆる状況を考えてお備え下さい。
備蓄の場所が無いという方も多いと思います。震災後、色々と耳にした中で、県外や高台など離れた所に住む、子供や実家や知人の家に備蓄をお願いしたという話を聞きました。また、車をお持ちでしたらトランクにかさばるペーパーや一週間分の水と食料を備蓄している方も増えました。色々工夫なさってみて下さい。
今回に備えて、ディーラーに頼み車検を1ヶ月前倒ししました。戻ったら不足分を買い出しし、ガソリン満タンで備えたいと思っています。トランクには毛布などしか積んでいないので少し増やす計画です。

2.これが無いと大変だったもの
最後に、これが無いと大変だという、経験の上からの必需品です。
便秘薬!頭痛薬!これ絶対必要になります。薬なんて絶対買えませんから!普段と違う環境・食べ物・そして極限の精神状態。確実にヤラれますから。自分は毎日お通じがあるのに10日間止まって死ぬ思いしましたから。それと偏頭痛持ちで、少し落ち着いたあたりから大変でした。他には、整腸剤と風邪薬もあれば安心。
それから、ガソリンの携行缶。自分は車は乗らないと決めたので必要ありませんでしたが仕事などどうしても必要な方はあると助かると思います。バスも3ヶ月近く止まりひたすら片道1時間半かけて通勤したので自転車もあると便利ですね。競技用の10万とか20万する自転車もあっという間に売り切れました。
そして現金。これは絶対必要です。金融機関全て止まりますから。買い物するにもお金がなきゃ出来ません。1ヶ月で30万使いました。これだけ備蓄してたのに。皆さん腹を括って下さいね。
物の値段を見て買うのは平常時です。非常時は物を見つけたらまず確保が優先で値段なんて見ません。例えばカセットコンロ用のボンベ。当時は1本200円から300円でした。一人1本、在庫50本の状況では値段なんて見ませんよね。乾電池も2本で300円、500円とかだった気がします。全てがそうなので30万なんてすぐ消えました。
避難所にいれば基本、お金はかかりません。ただ、色々と制限やご苦労があると思います。
どういった形になるかは、その時じゃないとわからないと思います。 色んなパターンを考えてみて下さい。 そして備えてみて下さい。

写真
上の写真は3.11の時の我が家の台所の写真です。

戸棚も引き出しも食器棚も冷蔵庫も全て全開でした。食器はほぼ全滅。
左手前の冷蔵庫から飛んだ玉子が私のデスクトップPCにクラッシュ
したり、考えられない方向と距離にあらゆるものが飛びました。
家具の固定は、賃貸の場合、天井破損などで後日大変だと聞きました。
寝室などは固定必要ですが、寝る場所は物をおかないようにするのが
一番ですね。家の中で安全なスペースを確保するのも大切です。
我が家の場合、玄関に繋がる廊下にしています。玄関は作り付けの
下駄箱が移動し、中の靴が散乱、乗り越えないと出入りが出来ない状態で、こればかりは予想していませんでした。完全に塞がったらアウトでした。
あらゆるものが凶器になります。片付けは明るい内に、靴と軍手は必須です。
台所の時計が3.11の起きた 2時46分で止まっていることに気付いたのはだいぶ経ってからでした。
 
3.震災後の街の様子
仙台の中心部は、あれほどの揺れに襲われたとは思えない程、一見するといつもと変わらない状態でした。いずれ宮城県沖地震が来ると言われていたので、建物の耐震化や水道管を地震に強いものに交換したりと色々と対策をしていたことが大きかったようです。ただ、都市ガス施設は津波で全壊してしまいました。全国の自治体のガス部隊が次々と乗り込んで必死に復旧作業をされました。日本海側からパイプラインを構築して下さいました。各家庭の開栓作業に、何処の自治体の方が来たのか、みんなでワイワイ話しました。本当に感謝です。
今電力会社は散々苦情にさらされていますが、揺れがおさまった直後から電柱に次々と電力会社の方が登り、主要交差点の信号機の復旧をされ、大きな事故も起こらずとても助かりました。震度5クラスの余震が次々と来る中、雪が降りしきる中、末端の作業員の方々は黙々と復旧作業をされていました。 ほんとうにありがたい事でした。
とにかく皆さん、よく歩いていました。移動の基本は徒歩でした。お店は全て、コンビニもデパートもスーパーも閉まっていました。一週間位すると、街中のアーケードの両脇にみかん箱の上に広げたお店が出始めました。最初はおにぎりだけ。日を追うごとに漬物が付き、揚げ物が付きと変わって行きました。きっと戦後の闇市ってこういうんだったのかもと思いました。売っている人を見ても、買っている人を見ても涙が出ました。ありがとうございますと、感謝の言葉しか出ませんでした。
やがて、ぼちぼちと時間制限で1時間とかお店が開き始めました。みんな寒い中黙って並んでいました。でもいつまでも開かないお店もありました。オーナーさんや従業員の方が津波被害にあわれたり、スプリンクラーの誤作動で水浸しになり再開不可になったりしたと聞きました。
震災という共通の体験をしたせいなのでしょうか、普段は見えないバリアで人の間が仕切られていますが、震災後は誰かれとなく言葉を交わしました。当日、雪の降る中を皆さん徒歩で帰宅されていましたが、不思議と「どちらまでですか?」「お荷物お持ちしますか?」等と声を掛け合いました。足の弱ったご年配の方を見つけ、通りすがりの見ず知らずの車の方にお願いして乗せて頂いたり、そんな事が普通にあちこちで自然にありました。
日本という国と、そこに住む日本人って素晴らしいなと心から思いました。誰も文句も言わず、黙々と粛々と現実と向き合い、助け合い、思いやり、ここが日本で良かったと思いました。何を見ても、何を見ても、「ありがとう」と自然に出ました。
震災当日の夜に、子供たちが空を見上げ、「うわー!仙台ってこんなに星が綺麗なんだ」と大騒ぎしていました。毎日、子供たちにたくさん笑わせてもらいました。ゲラゲラとお腹を抱え涙を流して笑いました。ありがたいことです。どんな時でも、顔を上げて、笑顔が多いように過ごしたいですね。
もちろん、驚くような悲しみがこみ上げるような悪い出来事も色々と耳にしました。同じ人間なのにどうしてそんな非道な事が出来るのかと悲しくもなりました。でもそれは自分たちの中にしまって、反面教師としています。幸い、良い話が国内だけではなくて、海外にも伝わり、日本人としての誇りの再確認になって良かったです。自分達としては当たり前。お互い様と感謝と思いやりなんですけどね。

長い長い文章に目を通していただき、ありがとうございました。皆様の平穏な日々を心から願っております。
以 上

東日本大震災を仙台で実際に体験された方の備忘録、参考になった点が必ずあったと思います。膨大な備蓄をされておりその量に驚くばかりでしたが、南海トラフ巨大地震のような広域災害になった場合は、自分で自分の身を守るしかありません。救援の手が届くまで、かなりの日数を要します。

実際に発災したらどうなるか、内閣府が作成した南海トラフ巨大地震の被害と対策に係る資料映像を紹介します。17分ありますが、ぜひご覧になって下さい。
こちらをクリック⇓
"南海トラフ巨大地震 全体版"


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阿蘇山について

いつもブログをごらんいただき、ありがとうございます。10月8日午前1時46分頃、熊本県・阿蘇山の中岳(標高1506m)の第1火口で爆発的噴火が発生しました。噴煙は高さ約1万1000mまで上がり、熊本・大分・愛媛・香川の4県で降灰が確認されました。阿蘇山は2014年夏頃から火山活動が活発化していましたが、爆発的噴火は1980年1月26日以来の36年ぶりでした。昨年9月に火砕流を伴う噴火が発生し、噴火警戒レベルが3(入山規制)に引き上げら...
いつもブログをごらんいただき、ありがとうございます。
10月8日午前1時46分頃、熊本県・阿蘇山の中岳(標高1506m)の第1火口で爆発的噴火が発生しました。噴煙は高さ約1万1000mまで上がり、熊本・大分・愛媛・香川の4県で降灰が確認されました。阿蘇山は2014年夏頃から火山活動が活発化していましたが、爆発的噴火は1980年1月26日以来の36年ぶりでした。
昨年9月に火砕流を伴う噴火が発生し、噴火警戒レベルが3(入山規制)に引き上げられ、同年2月にレベル2(火口周辺規制)に戻っていました。しかし今後も同じ規模の噴火が起こる可能性があり、気象庁は噴火警戒レベル2からレベル3に引き上げ、火口から約2キロは立ち入り制限区域になりました。
「備蓄品備忘録」の連載中ですが、緊急で阿蘇山について取り上げたいと思います。

1.阿蘇山とは
阿蘇山は、東西18キロ、南北25キロにわたる世界最大級の巨大カルデラ内に主峰の高岳など十数座の中央火口丘群がほぼ東西方向に並んでいます。高岳、中岳、烏帽子岳、杵島岳、根子岳を阿蘇五岳といい、この中央火口丘群のことを阿蘇山と呼んでいます。
カルデラは約27万年前~9万年前までに4回の大規模な火砕流の噴出で形成され、この4回目の噴火による火砕流の堆積物が海を隔てた島原、天草や山口県でも確認されました。北海道にはこの頃に九州で噴き上げられた火山灰が、10cmの厚さになって残っている場所があります。
有史以降、噴火を繰り返しているのは中岳(標高1506m)になります。成層火山である中岳には、南北に連なる長径1100mの複合火口があり、近年はその北端の第1火口のみが活動しています。活動していない時の中岳では、噴火が沈静化すると「湯だまり」と呼ばれる火口湖が形成されます。そして火口湖が消失して噴火孔の赤熱現象が起きると、次の噴火が発生するというサイクルが繰り返されています。そのため、噴火の兆候を事前にとらえやすい火山とされています。

2.火山がもたらす事象
(1) 噴石
火山が爆発的に噴火すると、火口やその周辺から様々な大きさの噴出物が出ます。気象庁はそれらを総称して「噴石」と呼び、大きさが65mm以上の物を「大きな噴石」と呼称しています。
大きな噴石は噴火により火口やその周辺から上空へ上がり、放物線を描いて2~4キロ程度の範囲に落下します。落下速度は噴火の規模による上昇高度によって決まりますが、噴石のサイズが大きくなれば被害も大きくなります。今回の阿蘇山の噴火でも広範囲に噴石が飛散して、現在休止中のロープウェイ火口西駅の屋根に複数の穴が開きました。
2014年の御嶽山の噴火では、半身大や巨大な噴石が落下したという目撃証言もあり、山頂にある社務所の屋根を貫きました。こうした噴石に当たれば命の危機もあり、もし噴石の落下範囲にいた場合はとにかく噴石を避ける行動をとりましょう。
早川由紀夫の火山ブログ 火山れきと火山弾
http://kipuka.blog70.fc2.com/blog-category-8.html

(2) 火砕流
火砕流は、噴火により発生した高温の火山灰や岩塊、空気や水蒸気などが一体となって急速に山体を流下する現象で、平成3年に発生した雲仙・普賢岳の噴火で、マスコミや防災関係者43名が巻き込まれ、その映像が記録されたことで広く世間に認知されました。
火砕流の周辺では高温のガスが爆風(火砕サージ)となって吹きつけ、斜面を上ったり横に広がるなどして、火砕流本体より広範囲に広がり被害をもたらします。雲仙・普賢岳の火砕流による被害も、火砕サージによるものだったと言われています。
大規模な火砕流が発生すれば、その通過域を焼失、埋没させます。イタリアの都市ポンペイが一夜にして喪失したのも、ベスビオ火山から発生した火砕流に襲われたためということが近年の発掘調査で判明しました。
火砕流の流下速度は時速数十キロから百数十キロ、温度は数百度にも達し、破壊力が大きく極めて恐ろしい火山現象です。そのため突然の火砕流から身を守ることは不可能で、事前の避難が必要になります。
防災科学技術研究所 防災基礎講座:火砕流
http://dil.bosai.go.jp/workshop/02kouza_jirei/s18kasairyu/kasairyu.htm

(3) 溶岩流
噴火というと、火口から溶岩が噴出し、山肌を流れて行く溶岩流の光景がまずイメージされると思います。溶岩は、地下から上昇したマグマが地表に溢れ出て溶融状態にあるものと、溶融物が冷えて固まったものを示します。このマグマが火口から噴出して、高温の液体状態のまま山体を流れ下ると溶岩流と呼ばれます。
溶岩流は摂氏800~1200度の高温で、溶岩流の通過域にある建造物、道路、農耕地、森林、集落を消失、埋没させ、その経済的ダメージは非常に大きくなります。
また溶岩流は山頂だけではなく、山体の地質が脆い線に沿って出来た数珠つなぎの火口や、一連の「割れ目噴火」からも噴出します。日本では伊豆大島や三宅島などで割れ目噴火が発生し、溶岩流が流下しました。
溶岩流が通過した地域を復興するには多大な困難が生じますが、溶岩流の流下速度は比較的遅く(ただし地形や溶岩の温度・組成にもよる)、流下する方向も予測しやすいものです。そのため溶岩流が流下し始めても、基本的に人の足による避難が可能で、人的な被害は抑えられやすいものです。海外では流下する溶岩流に多量の放水を行い、被害を限定した事例もあります。1997年に公開された映画「ボルケーノ」でも、ロサンゼルスの都市の真中で噴火が始まり、流れて来る溶岩流を大量の放水で流れを止める場面がありました。
浅間山の「鬼押し出し」や富士山の「青木ヶ原樹海」は過去に溶岩流が発生した痕跡で、現在は観光地になっています。またハワイのキラウエア火山から流れ出る溶岩流も、すぐ近くで見ることが出来ます。
ハワイ・キラウエア火山の溶岩流
https://www.youtube.com/watch?v=TOluYmqJDhE

(4) 火山ガス
火山の噴火による被害で最も長期的な影響を及ぼすのが火山ガスです。人体に多大な悪影響を及ぼすため、ガスが低濃度になるまで近づくことは不可能で、過去には50年以上も立ち入ることが出来なかった事例もありました。
火山ガスの主成分は水蒸気が95~99.5%を占め、この他に二酸化硫黄、硫化水素、塩素、フッ素、水素、二酸化炭素、一酸化炭素などを含みます。活動している火山地域は日常的に噴気と呼ばれる火山ガスを排出しています。箱根の大涌谷など「硫黄臭」があるガスは危険を察知しやすいですが、二酸化炭素などの無色無臭の気体は気付くのが困難で、登山中の死亡事故も発生しています。
平成12年(2000年)から活動を始めた三宅島では、多量の火山ガスが放出され、それが集落などの居城地域に流下し続けました。そのため三宅島の住民は噴火が一段落しても、4年半におよぶ長期の避難生活を強いられました。
気象庁 火山ガス
http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/rovdm/Miyakejima_rovdm/miyakejima_gas.html

(5) 火山灰
火山灰は粒子径が2mm以下の火山噴出物のことです。「灰」とあるので誤解しやすいですが、実際にはガラス片や鉱物結晶片になり、人体に悪影響を及ぼします。目に入ると角膜剥離や結膜炎を引き起こすので、特にコンタクトレンズを使用している方は注意が必要です。また呼吸で吸い込むことにより、鼻や喉の炎症を起こしたり、ぜんそくや気管支炎を引き起こす可能性もあります。
大量の火山灰が空中に拡散すると、空の交通に影響が及びます。平成22年(2010)4月のアイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル山の噴火では、欧州各国の航空便の飛行が不可能になった出来事は記憶に新しいと思います。
また大量の降灰は農作物に被害を与えるだけではなく、社会インフラに大きな打撃を与えます。降り積もった火山灰の厚さが僅か1mmでも、車や鉄道が運行中止になる可能性があります。また火山灰は精密機器に入り込み故障を引き起こすと考えられ、様々な情報システムにより制御されている現代社会は大混乱を招き、その復旧までには膨大な時間がかかってしまいます。
雨が降ると火山灰はセメントのように固まり、かつ重量が増すため、10cmほどの降灰でも家屋の崩壊を招いてしまいます。濡れた火山灰が付着した送電線は漏電を起こし、停電や火災の発生につながりかねません。
そしてカルデラ噴火などの巨大噴火が発生すると、火山灰が分散して微細な粒子(エアロゾル)となって長期間滞空し、日照を阻害して「火山の冬」を招き、地球規模での冷害が発生する恐れもあります。
国際火山災害健康リスク評価ネットワーク 火山灰の健康影響
http://www.geocities.jp/ychojp/ivhhn/guidelines/health/ash_health_japanese.html#Respiratory effects


今回噴火した阿蘇山は、過去にもカルデラ噴火を起こしている火山で、将来的にもその可能性を指摘されています。現在は噴火活動が安定しているようですが、火山は突然噴火する場合があります。草千里など近郊の観光地へ行かれる場合は、事前に情報を確認するなどの準備をしっかりとして、楽しんできていただければと思います。
なおカルデラ噴火については、別記事で改めて紹介いたします。

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