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「噴火津波について」

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。2019年を迎えたばかりの3日に、熊本県でM5.1、最大震度6弱の地震が発生しました。震度6弱が観測された和水町では一部塀の破損があったようですが、幸いにも大きな被害はなかったようです。マグニチュードに対して震度が大きかったのは、和水町周辺の地表付近に軟らかい地盤が存在し、その地盤の影響で揺れが増幅されたようです。年末の12月22日には、インドネシアのスンダ海峡...

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
2019年を迎えたばかりの3日に、熊本県でM5.1、最大震度6弱の地震が発生しました。震度6弱が観測された和水町では一部塀の破損があったようですが、幸いにも大きな被害はなかったようです。マグニチュードに対して震度が大きかったのは、和水町周辺の地表付近に軟らかい地盤が存在し、その地盤の影響で揺れが増幅されたようです。
年末の12月22日には、インドネシアのスンダ海峡で火山噴火による津波が発生し、500人以上の死者・行方不明者を出してしまいました。今回はこの噴火津波について取り上げたいと思います。

1.概 要
2018年12月22日午後9時半(日本時間22日午後11時半)頃、インドネシア西部のスマトラ島とジャワ島の間のスンダ海峡で津波が発生しました。特にジャワ島西部の海岸沿いで、甚大な被害が発生しました。この津波の原因は、スンダ海峡にあるアナク・クラカタウ山の火山活動により山体が崩壊し、海に流れ込んだ土砂により津波が発生したと考えられています。噴火後、20分ほどで津波が襲来し、死者429人、負傷者1,485人、行方不明154人、1万6000人以上が家を失うという被害が出てしまいました。津波の高さは3~4mで、標高13m付近まで遡上した場所もあったようです。
インドネシアでは2004年12月26日のスマトラ大地震以降、2005年、2009年、2010年にも津波を伴う大地震がありました。2018年7月以降も中部ロンボク島では地震が断続的に発生し、564人が死亡しました。9月28日には中部スラウェシ島で起きた地震と津波で、2101人の死亡が確認されました。これらの災害が続き、インドネシアの人々は津波の知識も持ち、「地震が起きたら津波が来る」と避難行動もとっていました。しかし、今回は地震の揺れもなく、いきなり津波が襲来したためより被害が拡大してしまいました。
■津波にのまれるライブ会場
動画サイトへ→ https://www.youtube.com/watch?v=RUaYf9uXTYs

アナク・クラカタウ山は2018年6月以降、ほぼ毎日のように噴火が観測されていました。現地の人々にとっては、噴煙を吐く火山島は日々の生活の景色の一部になっており、小さな噴火のたびに避難することは不可能でした。
アナク・クラカタウ火山島の位置にはもともとクラカタウ島という火山島が存在していましたが、1883年8月の噴火で大部分が消失しました。この時の噴火では
・最高で高さ41mの巨大な津波が発生して3万人以上が死亡
・噴出した高熱の火山灰で数千人が死亡
・噴火音は数千キロ離れた場所でも聞こえたという
・爆発後の1年で、世界の平均気温は摂氏1度以上低下した
このような激しい噴火でクラカタウ島はほとんど消滅し、その後、1927年の噴火によりアナク・クラカタウ島が誕生しました。
今回の噴火により、アナク・クラカタウ山の標高は噴火前の338mから1/3の110mになってしまいました。現地調査を行った研究者は「短い周期で次々と押し寄せた今回の津波は、地震による津波より瞬間的な破壊力が強かった」と指摘しています。22日の噴火後も、斜面から岩や火山灰などの崩落が続き、噴火活動も依然として活発なため、新たな津波の可能性もありインドネシア政府は警戒を呼びかけています。
国土地理院 「だいち2号」による画像
動画サイトへ→http://www.gsi.go.jp/cais/topic181225-index.html


2.日本でもあった噴火津波
今回の噴火による津波発生は、日本でも過去に多くの発生事例があります。その代表的な事例を紹介します。

(1) 北海道駒ヶ岳
1640年(寛永17年)7月31日、大規模噴火が発生して南側と東側の山体が一部崩落し、岩屑なだれが大沼と内浦湾になだれ込み津波が発生、沿岸で700余名が溺死しました。古文書の記録によると、津波の遡上高は最大8.5mあったようです。また山体崩壊と同時に火砕流も発生しました。山体崩壊後、8月2日まで軽石・火山灰を激しく噴出し、降灰、火砕流が発生、その活動は8月下旬まで続きました。

(2) 北海道渡島(おしま)大島
北海道南端の渡島半島の西側沖合約60kmに位置する渡島大島が、1741年(寛保元年)8月27日に大噴火を起こしました。山体崩壊から約10分後に半島西側の江差から松前にかけて、約15分後に奥尻島全域や、せたな町などを大津波が襲った記録が残っています。この津波による死者は1,467人で、最大の被災地は江差と松前の中間に位置する上ノ国町の石崎地区でした。50軒ほどあった家屋が全戸流失し、住民一人が生き残った以外は全て溺死したと伝えられています。この地区は海を隔てた渡島大島に面していたわけではなく、島との間には石崎川と、更に海側には砦が建つ高い丘陵がありました。しかし津波はこの丘陵を右から左へ乗り越え、建物を破壊したのです。丘陵の高さは海抜19.4mありましたが、渡島大島の噴火による津波は、この高さの丘陵を乗り越えるほど巨大なものでした。この津波の原因は、噴火による大規模な山体崩壊という説と、低周波地震によるものという説があります。
■北海道新聞 火山噴火が原因の津波
動画サイトへ→https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181230-00010000-doshin-hok.view-000

(3) 雲仙普賢岳
雲仙普賢岳は今から223年前、1791年~1792年にかけて噴火活動が活発化し、その最末期の1792年5月21日(寛政4年4月朔日)の夜、M6.4の地震が発生し、島原城下町の西側にそびえる眉山が大規模な山体崩壊を起こしました。崩壊した岩石や土砂が流れ、島原城下町南部と付近の農村を埋め尽くしただけでなく、有明海に流入して大津波を発生させました。この大津波は島原半島の沿岸や有明海対岸の熊本や天草の沿岸を襲い、さらに熊本の海岸で反射した津波は再び島原に返り被害を拡大させました。津波の遡上高は熊本側で15~20mとされ、三角町大田尾では22.5mに達しました。島原半島側では布津大崎鼻で57m以上との記録もあります。この災害による死者は島原側で5000人、肥後側で1万人にも達しました。この時の災害は「島原大変肥後迷惑」と呼ばれ、日本最悪の火山災害でした。
雲仙普賢岳は最近でも1990年から噴火が始まり、翌1991年6月3日に大火砕流が発生し、報道関係者や火山学者、消防団員など43名の死者、9名の行方不明者を出しました。
■国土交通省 九州地方整備局 雲仙復興事務所
動画サイトへ→http://www.qsr.mlit.go.jp/unzen/sabo/omake/02taihenki.html

2013年11月から始まった西ノ島の噴火では、もし山体崩壊が生じると、父島に1mを超す津波が来る可能性を示すシミュレーション結果が出ています。1896年の明治三陸津波は地震による津波でしたが、揺れ自体はかすかな揺れだったため、ほとんど警戒されていなかったところに巨大津波が押し寄せ、2万人を超える犠牲者が出てしまいました。
津波を発生させる要因は多様です。沿岸部などに残る過去の津波の痕跡を調べて、各地での発生メカニズムを検討することも、津波対策の充実になります。また津波の早期感知も大切になります。各地の沿岸や沖合などに設置した潮位計や波浪計、海底津波計が異変を捉えることが出来れば津波警報を出すことはできますが、今回のインドネシアのように火山噴火による山体崩壊の予測は不可能と言えるでしょう。まず基本となるのは迅速な避難です。





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