貞観時代を振り返る

いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)、あの日から7年目を迎えようとしています。被災地では未だに2,556名もの行方不明の方がおられ、35,000人の方が仮設住宅で暮らしていらっしゃいます。地盤の嵩上げ、住宅の再建問題、生活の支援等、難題が山積みになっています。
先日、福島第一原発の帰還困難地域に住まわれていた方とお会いする機会があり、原発事故からの避難状況を直接伺うことが出来ました。その方はお体の不自由な奥様がおり、食料の確保も出来ず、トイレもなく、車も動かず、「自分一人なら逃げることも出来るのに、家内さえいなければ・・・」という思いが湧き、未だにお心を苦しめておられました。「自分は戦争を知らないが、戦争というのはあのような状況なのだろう」という言葉があり、経験した者しか分からない極限状況だったようです。
この東北地方太平洋沖地震は、869年に起きた貞観地震の再来と言われています。過去の地震や噴火などの自然災害を知ることにより、防災に繋げることが出来ます。南海トラフ巨大地震、富士山噴火も取り沙汰される現代、改めて貞観の時代の自然災害について記してみたいと思います。

1.現在の被災地の地盤状況
東日本大震災から6年が経過しますが、東北地方の太平洋側の一部地域では沈んだ地盤の隆起が続いています。この現象は従来の地震学では説明しきれず、地下奥深くにあるマントルの関与が取り沙汰されています。マントルにかかっていた力が地震によって変わり、ゆっくりと地盤を押し上げているようです。巨大地震後の地盤変動は謎が多く、研究者らはその影響の解明に取り組んでいます。
宮城県北東部の牡鹿半島の漁港では、岸壁がじわじわ上昇しています。牡鹿半島は震災時に約1m沈下し、海面より低くなって水浸しになった漁港に新たに岸壁が整備されました。ところがその後、地盤の変動が隆起に転じ、一部で岸壁が高くなり過ぎたため、船の乗り降りや水揚げが大変になってしまいました。
国土地理院によると、東日本大震災後に地盤沈下した岩手・宮城・福島・茨城4県の水準点計573地点について、すべてで隆起が確認されたと発表しました。2016年に行った調査の結果、2011年7~9月の調査時より最大約30cm高くなっていました。津波の被害をうけ防潮堤の整備を進める宮城県では約90ヶ所、福島県では8ヶ所について計画を見直し、当初計画より低い防潮堤に変更する方針です。
隆起した高さが最大なのは、宮城県石巻市清水田浜と荻浜の2地点で各30.6cm、気仙沼市長磯で24.1cm、岩手県釜石市大町で17.1cm、福島県いわき市平で9.1cmなどとなっています。隆起が始まった原因は当初、地震が起きた海と陸のプレート境界の深い部分で、海のプレートが陸のプレートの下を滑り続けて陸側を押し上げる「余効変動」が原因と考えられていましたが、これだけでは説明が出来ず、牡鹿半島などの下に流れ込んでいるマントルの影響で、地盤が隆起していると考えられています。このマントルの動きは今後の地震活動を予測する上で重要な意味を持ち、観測を続けて状況を明らかにする必要があると専門家は話しています。東北地方の太平洋側では、30~40年おきにM7クラスの宮城県沖地震が発生していました。東日本大震災の影響でこの周期が変化するのかは分かっていません。

2.貞観地震
東京大学・藤井敏嗣名誉教授は「現在の日本の地震活動は、活発化の時期に入っています。9世紀後半(平安時代)に起きた貞観地震の時と非常に似ています」と警告します。
貞観地震は、平安時代前期、貞観11年(869年)に三陸沖で発生した推定M8.4以上の巨大地震で、地震と津波で1,000人以上の死者という甚大な被害が出ました。延喜元年(901年)に成立した史書『日本三大実録』には、この地震に関する記述がいくつか記されています。
『5月26日癸未の日、陸奥国で大地震が起きた。(空を)流れる光が(夜を)昼のように照らし、人々は叫び声を挙げて身を伏せ、立つことが出来なかった。ある者は家屋の下敷きとなって圧死し、ある者は地割れに呑まれた。驚いた牛や馬は奔走したり互いに踏みつけ合い、城や倉庫・門櫓・しょう壁などが多数崩れ落ちた。雷鳴のような海鳴りが聞こえて潮が湧き上がり、川が逆流し、海嘯が長く連なって押し寄せ、たちまち城下に達した。内陸部まで果ても知れないほど水浸しとなり、野原も道も大海原となった。船で逃げたり山に避難したりすることができずに千人ほどが溺れ死に、後には田畑も人々の財産も、ほとんど何も残らなかった。』
この史料にある「陸奥国」の「城」は多賀城であったと推定されており、多賀城市市川橋遺跡からは濁流で南北大路が壊された痕跡が発見されています。この時の津波は海水によって運ばれた泥の堆積物調査から、少なくとも3~4キロは内陸に達したと言われています。東日本大震災では、仙台市で海岸から約5キロほど津波が浸水しており、二つの災害がほぼ同規模であったのは間違いないようです。溺死者千人とありますが当時の日本の人口は500万人なので、現代に換算すると2万人になります。
この貞観地震は文献研究者には従来から知られていた地震でしたが、地震研究者には殆ど知られていませんでした。2000年代に入るとボーリング調査等により仙台平野の津波の痕跡の調査が進歩を遂げ、仙台平野の沿岸部では貞観地震の歴史書が記述するとおり、1000年ほど前に津波が内陸深く遡上したことを示す痕跡が発見されました。過去にこのような大地震があったことを周知しようとした矢先に、東日本大震災が発生してしまいました。

3.その他の自然災害
9世紀には東北地方を襲った貞観地震以外にも、その前後の年代に数多くの地震や火山の噴火が起こっています。
863年 越中越後(今の富山県から新潟県)地震
864年 富士山噴火(貞観大噴火) 青木ヶ原樹海に溶岩流
    阿蘇山噴火
867年 鶴見岳噴火(大分県)
868年 播磨(今の兵庫県)山城地震 M7 山崎断層
869年 貞観地震
    肥後(今の熊本県)台風高潮被害 伊勢神宮への奉幣告文中に「肥後国に地震風水の災」
    とあり、津波が襲った可能性もあり
871年 鳥海山噴火
874年 開聞岳(鹿児島県)大噴火
878年 相模・武蔵地震 M7.4 伊勢原断層あるいは相模トラフのプレート間地震
880年 出雲で地震 M7
887年 仁和地震(南海トラフ巨大地震) M8.0~8.5

これを現代と比較すると
1995年 兵庫県南部地震(阪神淡路大震災) M7.3 震度7
2004年 新潟県中越地震 M6.8 震度7
2007年 新潟県中越沖地震 M6.8 震度6強
2008年 岩手宮城内陸地震 M7.2 震度6強
2009年 浅間山噴火
2010年 桜島噴火
2011年 新燃岳噴火(鹿児島県)
     東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)
2013年 兵庫県淡路島 M6.3 震度6弱
2015年 阿蘇山噴火
2016年 熊本地震 M6.5 震度7、M7.3 震度7
     鳥取県中部地震 M6.6 震度6弱

上記のように、貞観地震の前後には、現代に発生している自然災害と同様な災害が起きています。その中でまだ発生していないのが「首都直下地震」「南海トラフ地震」「富士山噴火」になります。これらの地震や噴火は必ず発生します。「過去の出来事を詳しく調べることで、今後起こる出来事を想定内に出来るはず」と述べる研究者もいます。
今回、津波の遡上がぎりぎりで止まった地域には、多くの神社がありました。過去にも津波に襲われている地域なので、助かった感謝の想いで神社を奉納した先人達がおりました。また「これより下に家を建てるな」という石碑もあり、その教えを忠実に守り被害を受けなかった地域もありました。
皆様がお住まいの地域は、津波の危険性がある地域、内陸部、土砂崩壊の恐れがある山間部など、そのエリアにより起こり得る被害は様々で、対応の仕方も異なってきます。改めて自分の地域で起こり得る被害の確認、日頃の防災対策の確認、見直しを行いましょう。また特に何もされていない方は、3月11日という日をきっかけに防災対策を始めましょう。

東日本大震災における神社の津波被害 現地調査報告 防災科学技術研究所
 http://dil.bosai.go.jp/disaster/2011eq311/pdf/jasdis2012_suzuki.pdf 
防災Walker  amazonのサイト
https://www.amazon.co.jp/%E9%98%B2%E7%81%BDWalker-%E8%A7%92%E5%B7%9DSSC%E3%83%A0%E3%83%83%E3%82%AF/dp/4048959441
東日本大震災公開動画検索システム 東北大学災害科学国際研究所
 http://311movie.irides.tohoku.ac.jp/SearchPage?2



カレンダー

プルダウン 降順 昇順 年別

03月 | 2017年04月 | 05月
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -


検索フォーム

キーワードでブログ内を検索できます

関連サイト

こころのかけはし 自然災害対策チーム

↓クリックで関連サイトへ icon3 icon13
icon4

itiran

QRコード

QR